

飛行と玉ねぎの収穫
大分から東京へかえるとき、ふと窓を見たときに空を飛んでいるものがあると、一瞬UFO(未確認飛行物体)かと思うけど、単なる飛行機(既確認飛行物体)だった。飛行機が並走するだけでも新鮮。 空からの遊覧飛行は、地球を見ているだけで、色々と感じることがある。 軽井沢に帰った後、大型の台風が来る、ということで、長野県全体はそこまで影響なさそうだけれど、急いでたまねぎを収穫。乾かしたりして、半年分くらいは自給自足の玉ねぎでもちそう。自分たちでそだてた野菜は、やはり愛着が違う。 すべてを自給自足にはできないけど、だからこその分業制の世界。 東京であらゆる人の胃袋にはいるものも、農家さん百姓さんのたゆまない努力のおかげである、ということは、自分たちで土にふれることで感じることができるもの。


Sand SPA - 別府海浜砂湯
別府、鉄輪の最後に、砂風呂(砂むし温泉)に。 別府には(私が知っている範囲では)、海側にある絶景の上人ヶ浜エリア(Sand SPA)、歴史ある風情の竹瓦温泉、地獄めぐりとセットで行ける鉄輪エリアのひょうたん温泉、3つがある。 海に近い砂風呂の新施設「Sand SPA」を訪れてみた。ここは貸会議室大手のTKPが別府市の公募(Park-PFI事業)にでリニューアルされた美しい砂湯施設。 日本の砂風呂(砂むし温泉)の歴史はかなり古いらしいが、文献に出てくる最初は16世紀(室町〜戦後時代)頃の外国人の記載。ザビエルが鹿児島へ上陸する3年前(1546年)、ポルトガル人商人の記述に「砂に穴を掘って横たわっている」という砂風呂の原型とみられる記録が残されているらしい。鹿児島県、指宿(いぶすき)温泉の記載だろう。 江戸時代中期(約300年前)には湯治として広く定着していて、別府温泉では明治時代ころから本格的におこなわれたらしい。 砂風呂の効果は通常の温泉入浴の約3〜4倍に匹敵すると言われている。その保温力と排出力にある。 ・温熱効果(50℃前後の熱)で血管を拡張


塚原温泉 火口乃泉@ 大分県由布市
塚原温泉 火口乃泉(かこうのいずみ)へ。 別府から山側へと車を走らせ、湯布院方面の由布市の伽藍岳(がらんだけ)にある。 全国Topの鉄濃度+強酸性を誇る秘湯。 鉄イオン含有量は日本1位!。 酸性度の高さとアルミニウムイオン含有量は日本2位を誇る。日本三大薬湯の一つ。 pH約1.8という非常に強い酸性泉は高い殺菌作用がある。 (塚原温泉のほか、秋田県の玉川温泉、山形県の蔵王温泉を合わせて「日本三大酸性泉」と呼ぶ) 泉質名:酸性・含鉄(Ⅱ、Ⅲ)ーアルミニウムー硫酸塩泉。 これだけ色々な名前がはいっている泉質は、多様なものがたくさん(量も質も)入っている温泉ということ。 酸性泉のメリットは高い殺菌力とピーリング効果。 慢性皮膚病(アトピーや水虫など)の改善に非常に高い効果を発揮する。 古い角質を溶かす=「ピーリング効果」もある。 ただ、肌の弱い人はピリピリと痛んだり(目に入るとピリピリする)、湯上がり後に肌が乾燥しやすいので、最後に「上がり湯(水道水)」で洗い流す必要がある。時計や指輪などの貴金属は一瞬で黒く変色・腐食するので、入浴前の取り外しが必須。


岩盤浴@湯屋えびす(明礬温泉)
別府市の明礬温泉にある「湯屋えびす」の岩盤浴。 海の恵みである「麦飯石(ばくはんせき)」を敷き詰めている。 麦飯石は、中国で「漢方(薬の石)」として使われてきた特別な天然石で、見た目が「麦ごはん(むぎめし)」の粒に似ていることから、この名前がついた。肌をキレイにするカルシウムやマグネシウムなど、体に良いミネラルをたくさん含んでいて、熱を加えると遠赤外線をたくさん出す。遠赤外線効果で、体の奥深くからじっくり温まる。岩盤浴での汗はベタベタせず、お水のようにサラサラしたきれいな汗が「天然の美容液」のように噴出する。 岩盤浴の後は、お肌がすべすべになる 遠赤外線は、太陽の光、ストーブの熱、焼いた石などから出ていて、空気を温めるのではなく、触れたモノを直接温める不思議な性質を持つ。 「硫黄泉」と「単純泉」の2つの温泉を大浴場で贅沢に楽しめる。 まず「硫黄泉」に入り、お肌の汚れや角質をすっきり落として、そのあとに「単純泉」に入ることで、お肌に潤いを与えて仕上げのリンスをする「機能浴」とも呼ばれている。 露天風呂から海も見えてすばらしかった。箱蒸し風呂までは時


「永福寺」@鉄輪温泉 一遍上人の転生
大分県別府市の鉄輪(かんなわ)温泉にある「永福寺」の和尚さんは、一度歌い出すとなかなか止まらない、歌い踊る和尚さん。鉄輪温泉の歴史や魅力を伝えるオリジナルの替え歌などを披露してくれます。 鉄輪温泉を開いた鎌倉時代の僧侶・一遍上人が建てた、歴史あるお寺。 一遍上人は、「南無阿弥陀仏」と言いながら、太鼓や鉢(はち)を叩いて踊りながら念仏を唱える。仏様を信じる喜びが、勝手に体から溢れて踊り出すという教えで、誰もが輪になって一緒に踊ることが盆踊りの基になったとも言われている。 わたしたちも、和尚さんと一緒に輪になっておどった。 一遍上人の遊行は、ふるさとの伊予(愛媛県)を出発し、南は九州から北は東北まで、15年近くかけて日本全国をぐるりと巡った。 大阪の四天王寺で初めて念仏の札を配り、和歌山の熊野権現で啓示を受けた。大分県の鉄輪温泉を訪れて温泉を開き、長野県の善光寺などを訪れ、佐久で初めて踊念仏を行ったともいわれているので、なんだか縁がある。京都に戻って踊念仏の大ブームを起こした後、最後は神戸の観音堂にて、51歳で亡くなった。 「永福寺」の和尚さんも、一


別府 鉄輪 湯けむり時空間
別府の鉄輪温泉に。 慶応大の授業もかねて。現地とOnlineのハイブリッド。 この空気感は、実際に現地に来てみないと分からない。 実際、この地は湯けむりがモクモクで、空気中に温泉が浮遊しているわけで、ただ息しているだけでも温泉ガス入浴をしていることにもなるわけで、見えない水が人と人と、人と空間を、そして動物もつないでいるような感じ。ネコも暖かいので居心地よさそうだ。 鉄輪温泉での散歩。 温泉水、温泉蒸気、飲泉、地獄蒸し、温泉卵、温泉蒸気であふれる空間。 温泉の配管も面白い。 ガスは粘膜からの吸収効率が96-98%近くあり、静脈注射に匹敵する。 歩いているだけで温泉静脈注射をしているような空間が温泉地。 転地療養も、環境を変えて五感を刺激し、脳と自律神経をリセットすることに意味があると思うが、空気に含まれている目に見えない物質も、物理的に影響をあたえている気がする。 6月4日(木)〜6月30日(火) にて、蒸し通りずむ2026 も開催されます。 私も二日だけOnline相談で出ています。 https://kannawa642.net/...


目に見えない空気の温度の境界線
湯河原から別府へ。 雲の高さ(とくに雲の底)が同じなのは、目に見えない「空気の温度の境界線」がその高さにあるから。 水は地下にあると目に見えないし、岩石のミネラルを溶かして温泉になって噴き出してくることもある。 空気の中には、目に見えない水分(水蒸気)が含まれている。 空気が冷やされると、水分を空気のままキープできなくなって、ある決まった温度になると、水蒸気が小さな水の粒(雲の粒)に変わる。 天地人。 天の世界、地の世界、人の世界。 それぞれの原理が異なりながら、同時に共存している、ということの不思議を感じる。


湯河原「湯+河原」 熱海「熱い+海」
湯河原。 東京からすぐ近くに行ける名温泉。 湯河原(神奈川)と熱海(静岡)は、川を挟んですぐお隣。 湯河原は「湯+河原」だし、熱海は「熱い+海」だ。 いづれも、古代の人たちが、「湯の河原!」「熱の海!」という驚きがそのまま地名になっている気がするし、その驚きや感動は温泉に入るたびに古代人と心がつながる気がする。 神奈川県の企業の方で仕事でお疲れのみなさんのために、湯治プログラムを考えている。その舞台を湯河原にさせていただいた。 2泊3日。 会社の業務として温泉に入る湯治プログラム。休みには色々と別の用事が入るので、休みの日に温泉に行くのではなくて、仕事の一環が温泉で休養すること。 湯を愛でて、 川のほとりを散歩する。 心身ともに更新されて新しい気持ちで仕事に取り組めば、本人にも会社にもいいことだし、温泉地の方も喜んでくれる。 自然の力は偉大だ。 普段はしまわれている人間のいのちの力、自然治癒力というものが活性化される。 湯河原の万葉公園には滝もあり、ミニチュア地球のようにすべてが詰まっている。素晴らしい散歩コース。とにかく、現代の道は車優先で、人


99回目を迎えた東大五月祭
東大五月祭。今年は99回! 現役の医学部生からご依頼いただいた講演があり、ひさしぶりに東大本郷キャンパスへ、東大医学部を訪れた。 初日は混乱があったからか、2日目の盛り上がりはすごく、正門に入るまでに、本郷3丁目交差点付近のスタバまで大行列になっていた(入場者の荷物検査をしていたため)。 なんとか中に入ると、万博依頼の人の渦と熱気。 学生たちが色々な出店をだしていて楽しそう。 医学部に入ると、医学部美術部である踏朱会の学生さんもわざわざ会いに来てくれて嬉しかった。 というのも、廃部になっていた医学部美術部を、自分が大学4年生の時に再興したからだ。もう20年近く前のこと。 今でも美術部が続いていて、素晴らしい油絵や水彩画の作品を出展していて感動だった。自分は学生時代、登山ばかりしていて医学部に貢献できていなかったけれど、美術部がこうして残り続けていることを考えると、人間のちょっとした善意や情熱や愛は、こうして時空を超えて当時見知らなかった人たちをつなげる。やはり、諦めずに未来への種をまいていくことは大事なことだと思った。種は20年くらいかけてゆっく


猿田彦神社 佐瑠女神社
おかげ横丁などをブラブラしながら、内宮ちかくの猿田彦(サルタヒコ)神社へ。 猿田彦神社は、今は亡き鎌田東二先生と聖地巡礼の旅を同行した時に、何度か連れてきてくれて熱く語られた思い出ふかい場所。 猿田彦は、日本神話における「みちひらき(道開き)の神」として、物事を正しい方向へ導く象徴。 鎌田先生は、猿田彦が「日本的霊性の深層を解き明かす鍵」として極めて重視していた。 「猿田彦大神フォーラム」の世話人代表を長年務めていて、『謎のサルタヒコ』でも独自の神格を多角的に論じていた。 ニニギノミコトが天孫降臨したときに天の八衢(やちまた)で出迎え、高千穂までの一行を案内した「みちひらき」が有名なエピソード。 そうした役割だけではなく、猿田彦を天孫族(天津神)と在来勢力(国つ神)の和解を成し遂げた平和的なシンボルとも語られていた。 そして、猿田彦は交差点(クロスロード)に立つ神さまでもあるため、生と死、日常と非日常、天津神と国つ神といった異世界を守りながら繋ぐ。猿田彦のマルチなネットワーク力・霊性は、鎌田先生にそっくりだった。 他にも、猿田彦は歴史の中で、道祖