

月は東洋と西洋のあいだに昇る 竹田で考えた瀧廉太郎と山田耕筰
瀧廉太郎は12歳から14歳までを長湯温泉の竹田で過ごした。 少年時代に岡城跡で遊んだ記憶がのちの『荒城の月』に結びついたと伝えられている。 「春高楼の花の宴」と歌われた場所にすでに人はいない。城は滅び、栄華も消え、ただ月だけが、昔と変わらず石垣を照らしている。 そこには、日本文化が長く見つめてきた「無常(Mujo)」の感覚がある。 『平家物語』の盛者必衰、西行の月、芭蕉の古池。日本の芸術は、永遠に残るものだけを美しいとしたのではなく、すべては移ろい、やがて失われるという事実の中に美を見いだしてきた。 吉田兼好は『徒然草』に、「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」と記した。美は満開という完成の中だけにあるのではない。咲く前の梢にも、散りしおれた庭にもある。桜が美しいのは、咲いた瞬間から散り始めているからだ。 『荒城の月』にもまた、失われゆくものの中に永遠を見る、日本の無常の美学が流れている。 しかし、その旋律を形づくる器は西洋音楽だった。 瀧廉太郎は、西洋の音階や拍節、和声の考え方を学びながら、そこへ日本語の呼吸、日本の風景、日本人が抱いて


【地球の音楽を聴く――長湯温泉「ラムネ温泉館」】
大分県・長湯温泉にある「ラムネ温泉館」へ。 ここで出会う炭酸泉は、ただ湯に浸かるというより、地球の呼吸の中に身体を預けるような体験だ。 ぬるめの湯にゆっくりと身体を沈める。 しばらくすると、皮膚の表面が無数の小さな気泡で覆われていく。腕にも、胸にも、脚にも、あらゆる場所に銀色の泡がびっしりと付着する。 炭酸泉に含まれる二酸化炭素は、皮膚から吸収されることで末梢の血管を拡張し、血流を促す。湯温が低くても、次第に身体の内側から温かく感じられることは人体の神秘だ。 ここで身体に働きかけているのは、「泡そのもの」ではない。 温泉水に分子として溶けている遊離二酸化炭素、すなわちCO₂である。 CO₂は皮膚の表面から濃度差に従ってゆっくりと拡散し、皮膚組織や毛細血管側へ移行する。局所ではCO₂の増加に伴ってpHがわずかに低下し、皮膚の血管が拡張する。その結果、皮膚血流が増える。湯温が低くても、次第に身体の内側から温かさを感じるようになる。 つまり、「炭酸泉が身体に入る」という表現は、完全な比喩ではない。 ただし、泡がそのまま血管へ入り込むわけでも、炭酸水が


地球の炭素を身体で受け取る場所 ―クアパーク長湯
大分県竹田市、長湯温泉にある「クアパーク長湯」を訪れた。 まず心を奪われるのは坂茂さんによる建築。木のやわらかな曲線、繰り返される梁、内と外が緩やかにつながる開放的な空間。人の身体を水辺へ、温泉へ、自然へと静かに導く。 館内のバーデゾーンは水着で利用する広い温泉空間になっている(だから写真もOK)。 湯の中を歩きながら、浮力で関節への負担を減らし身体を動かすことができる。歩行訓練や運動療法につながる空間だ。 歩行浴の通路から横へ突き出した浴槽へ進むと、目の前に芹川の流れが現れる。湯に浸かりながら川を見る。意識は水の流れとともに外へ開かれていく。 一方、内湯は水着を脱いで入る、通常の温泉である。 こちらでは湯そのものに集中できる。歩く場所と休む場所。その両方が一つの施設の中に丁寧に用意されていることが、クアパーク長湯の大きな魅力だ。 そして、長湯の湯を知るには、地球の時間まで遡る必要がある。 九重の山々に降った雨は地下へ浸透し、深部から上昇してくるマグマ性のCO₂と出会う。炭酸を含んだ水は火山岩と反応し、マグネシウムやカルシウムなどを溶かし込みなが


湯気と光のなかに二百年の時間「ただ、熱い湯に、ずんぶり。」@山田温泉・大湯(高山村)
山田温泉「大湯」(長野県高山村)。 これまで数多くの共同浴場に入ってきたけれど、ここは間違いなく、私の好きな共同浴場の一つになった。 山田温泉は、松川渓谷へ向かう途中にある小さな温泉地だ。 小布施(この土地も素晴らしい)から松川に沿って山へ入っていくと、蕨温泉、子安温泉、山田温泉、さらに松川渓谷温泉、五色温泉、七味温泉、そして標高1500mを超える奥山田温泉へと続く。 わずかな距離で、湯の色も泉質も風景も変わる。まるで地球内部を、川に沿って遡っていくような温泉郷なのだ。 小布施町から山側へ車で20分ほどで山田温泉(高山村)があり、温泉街の中心に「大湯」がある。「中心に共同浴場がある」という町のつくりが、まずいい。 昔の温泉街では、湯は旅館の付属施設ではなかった。 人々が湯のまわりに集まり、宿ができ、店ができ、道が生まれ、町になった。 つまり、温泉が町をつくった。 ・・・・・ 大湯の中へ入る。 まず目を奪われるのが、木、木、木! 浴槽だけではない。床も壁も窓枠も木でつくられ、身体全体が木造建築の内部に包まれる。 昔ながらの板張りの洗い場と総ヒノキの


「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」&坂本龍一さん
鹿教湯温泉に行き、古いポスターを見つけて驚いた。 1982年、鹿教湯温泉で開催された「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」。 そこに写っていたのは、若き日の坂本龍一だった(かっこいい!)。 温泉と坂本龍一。湯治場とマイコン。 一見すると、まったく結びつかない。 でも少し調べてみると、このポスターの中には、1980年代という時代そのものが凝縮されていた。 鹿教湯温泉は、古くから湯治と療養の土地として知られてきた場所だ。身体を休、病を癒す。しばらく日常を離れ、自分の身体を土地に預ける。 温泉とは、単にお湯に入る場所ではなく、もともと「滞在しながら身体と生活を組み替える場所」だった。 そんな鹿教湯が1982年、未来の象徴であった「マイコン」を温泉地へ持ち込んだ。 「マイコン・イン」は、子どもたちにコンピュータに触れてもらう、いわば滞在型の学びの試みだったという。そして、その広告の顔として登場したのが坂本龍一だった。 当時の坂本龍一はYMOの活動を通じて、シンセサイザーやコンピュータ、電子音を駆使し、誰よりも鮮やかに「未来の音」を鳴らしていた。...


身体性から、自分の「根」を見つめる。——10月17日、伊那へ
10月17日(土)、長野県伊那市の inadani sees で、半日の講座を開催します。 テーマは、「身体性から自分の根を見つめる」です。 私たちは日々、たくさんのことを「頭」で考えています。自分とは何者なのか。 けれども、自分という存在の「根」は、頭だけで探しても、なかなか見つからないものなのかもしれません。 植物が、目に見えない土の中へ根を伸ばしているように、人間にもまた、思考より深いところに自分を支えている場所があります。それが、身体です。 呼吸、鼓動、姿勢、歩くこと、触れること。疲れや心地よさ、言葉になる前の小さな違和感。 身体は、私たちが「分かる」よりもずっと前から、世界を感じています。 今回は、「身体について知る」というよりも、身体を通して、自分自身へ帰っていく時間にしたいと思っています。 そして、このテーマを考える場所として、伊那はとてもふさわしい場所です。 会場となる inadani sees は、森を中心に、人と自然、地域、文化、仕事、学びをつなぎ直す活動を続けている素晴らしい方々がつくっている場所です。 彼らがつくる 『se


地球の深部から届く水素に浸かる―白馬八方温泉「八方の湯」
美しい青木湖を訪れたあと、白馬八方温泉 八方の湯へ。 湯に身体を沈めて最初に感じるのは、驚くほど滑らかな肌触りである。いわゆる「美肌の湯」と呼ばれるアルカリ性温泉(PH11もある)のつるりとした感覚。 しかし、この湯の本当の面白さは、肌触りのさらに奥、地下深くで起きている地球化学反応にある。 掲示されている2019年の温泉分析書を見ると、源泉は「白馬八方温泉第1号、3号の混合泉」。泉温48.1℃、分析時pH 11.4。泉質はアルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性高温泉)である。 成分総計はわずか128.3 mg/kg。ナトリウム40.3 mg/kg、カルシウム16.6 mg/kg、水酸化物イオンOH⁻が39.0 mg/kgなどで、いわゆる「成分が濃厚な温泉」とはまったく違う。 むしろ、薄く、透明で、強くアルカリ性である。 そして、この湯には分析表の数字だけでは十分に表現できない、もう一つの主役がいる。 水素(H₂)である。 なぜ、白馬の地下から水素が生まれるのか? 白馬八方温泉が世界的にも興味深いのは、この水素の由来が地質学的に研究されていることだ


青木湖から考える〈環境医学としてのサウナ〉@Lakeside villa SUI HAKUBA
白馬にほど近い青木湖。その湖畔に佇む「Lakeside villa SUI HAKUBA」(扉グループ)に宿泊した。 私は、基本的にサウナがそれほど得意ではない。 それは熱さだけではなく、多くのサウナは小さな閉鎖空間で、視線の先には壁がある。身体には強い熱刺激が加わり、心拍数も上がる。そのうえ視線まで閉じ込められると、どこか重苦しさを感じていた。 ところが、SUIのサウナはまったく違った。 大きなガラス窓の向こうに、美しい青木湖が広がっている。 湖面が揺れ、光が反射し、その向こうに森と山がある。 身体は小さなサウナ室の中にいるのに、視線はずっと遠くまで自然の中へ抜けていく。 身体は熱の中にありながら、意識は風景の中へ出ていく。 この開放感が、驚くほど心地よかった。 医師として考えてみると、サウナを「熱」だけで考えすぎてきたのかもしれない。何℃なのか。何分入るのか。湿度はどれくらいか。心拍数や血圧はどう変化するのか。 もちろん、どれも大切だ。 けれども人間の身体は、温度センサーだけでできているわけではない。 光、音、匂い、風、空間の広がり。そして、


辰口温泉「田んぼの湯」@石川県能美市
せっかく石川県にまで行ったので、石川県能美市にある辰口温泉へ。 今回訪れたのは、旅館「たがわ龍泉閣」の名物露天風呂、「田んぼの湯」。 「田んぼの湯」とは、比喩ではなく、本当に田んぼの中から湧き出した源泉を使った温泉でした。 南には白山。周囲には里山と田園。その中に六つの露天風呂が広がり、しかも男女混浴。入浴用の浴衣を着て入るので、家族や夫婦、仲間と一緒に温泉を楽しむことができます。 この日は広大な露天風呂に私ひとりでした。 温泉好きとして各地を巡っていますが、これはかなり稀有な体験でした。 そもそも日本の温泉は、山の中、渓谷、海辺など、「地球の裂け目」から湯が現れる場所が多い。 ところが、ここでは田んぼから温泉が湧いています。 米を育てる土地から、人を温める湯まで出てくる。 辰口温泉には約1400年の歴史があるとされ、養老年間には、傷ついた馬が湯で脚を癒やしたという伝承も残っています。その後、手取川の氾濫などで源泉が埋まり、江戸時代末期の1836年、灰屋源助が再び温泉を掘り当てたことが、現在の辰口温泉につながったとされています。...


CACL(カクル)@石川県能美市(代表:奥山純一)
石川県能美市のCACL(カクル)(代表:奥山 純一)を訪ねました。 CACLとの出会いのきっかけは、金沢21世紀美術館で展示したプロジェクト(令和6年能登半島地震 復興支援プロジェクト「Rediscover project」) https://cacl.jp/topics/1205/ ●【Web Media】2024/12/3:1900-2100:金沢21世紀美術館「すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」展を巡ろう(ニコニコ美術館):出演者〇長谷川祐子(館長)、〇本橋仁(本展キュレーター)。〇池田あゆみ(本展キュレーター)、〇稲葉俊郎(医師、医学博士、作家)(Web)(cf.「すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」:2024年11月2日(土) - 2025年3月16日(日)@金沢21世紀美術館) 2024年の能登半島地震のあと、能登には数え切れないほどの「かけら」が生まれました。 九谷焼、輪島塗、珠洲焼、能登瓦……。 けれど、それらは単なる「壊れたもの」ではありません。 一片のかけらの中には、土を掘った人、木を育てた人、漆を採