

M for M Medicine(医療)とMusic(音楽)
5月21日のNHK「あさイチ」では、白血病により21歳で亡くなったチェリスト・山本栞路(やまもと かんち)さんの特集が組まれていた。 最新技術を使って彼の生前のチェロの演奏が再現されるまでのあらゆる人の愛が関わった軌跡は素晴らしいものだった。 5月17日、東大五月祭での講演のとき、鉄門ピアノの会の医学部の学生さんと対話をした。その中で「人間には誰でも一人になる時間が必要だ、そのことと音楽や芸術は関係があるのではないか」という話が出た。 私はそのときに、ふと山本栞路(かんち)さんとご両親の活動のことが頭に浮かんだ。 チェリストでもあった若き栞路さんは、病院での入院中に音楽を奏でることができなかった。音楽と生きることとが一つであった音楽家にとって、それは命の一翼をもぎとられるようなつらい日々だったことだろう。 「病室でも音を奏で、音楽を楽しめる場所が欲しい」という願いから「M for M」が設立された。「M for M」では山本栞路さんの遺志を継ぎ、長期入院患者のために病院へ防音室を寄付する活動を行っている。2つのMは、Medicine(医療)とMu


99回目を迎えた東大五月祭
東大五月祭。今年は99回! 現役の医学部生からご依頼いただいた講演があり、ひさしぶりに東大本郷キャンパスへ、東大医学部を訪れた。 初日は混乱があったからか、2日目の盛り上がりはすごく、正門に入るまでに、本郷3丁目交差点付近のスタバまで大行列になっていた(入場者の荷物検査をしていたため)。 なんとか中に入ると、万博依頼の人の渦と熱気。 学生たちが色々な出店をだしていて楽しそう。 医学部に入ると、医学部美術部である踏朱会の学生さんもわざわざ会いに来てくれて嬉しかった。 というのも、廃部になっていた医学部美術部を、自分が大学4年生の時に再興したからだ。もう20年近く前のこと。 今でも美術部が続いていて、素晴らしい油絵や水彩画の作品を出展していて感動だった。自分は学生時代、登山ばかりしていて医学部に貢献できていなかったけれど、美術部がこうして残り続けていることを考えると、人間のちょっとした善意や情熱や愛は、こうして時空を超えて当時見知らなかった人たちをつなげる。やはり、諦めずに未来への種をまいていくことは大事なことだと思った。種は20年くらいかけてゆっく


猿田彦神社 佐瑠女神社
おかげ横丁などをブラブラしながら、内宮ちかくの猿田彦(サルタヒコ)神社へ。 猿田彦神社は、今は亡き鎌田東二先生と聖地巡礼の旅を同行した時に、何度か連れてきてくれて熱く語られた思い出ふかい場所。 猿田彦は、日本神話における「みちひらき(道開き)の神」として、物事を正しい方向へ導く象徴。 鎌田先生は、猿田彦が「日本的霊性の深層を解き明かす鍵」として極めて重視していた。 「猿田彦大神フォーラム」の世話人代表を長年務めていて、『謎のサルタヒコ』でも独自の神格を多角的に論じていた。 ニニギノミコトが天孫降臨したときに天の八衢(やちまた)で出迎え、高千穂までの一行を案内した「みちひらき」が有名なエピソード。 そうした役割だけではなく、猿田彦を天孫族(天津神)と在来勢力(国つ神)の和解を成し遂げた平和的なシンボルとも語られていた。 そして、猿田彦は交差点(クロスロード)に立つ神さまでもあるため、生と死、日常と非日常、天津神と国つ神といった異世界を守りながら繋ぐ。猿田彦のマルチなネットワーク力・霊性は、鎌田先生にそっくりだった。 他にも、猿田彦は歴史の中で、道祖


伊勢神宮 内宮
伊勢神宮の内宮。 ここはいつ来ても気持ちがいい。 五十鈴川を行ったり来たりして渡るのがいい。 「橋(はし)」は空間や境界の「端(はし)」と「端(はし)」を結ぶ。 こちらの世界(現世)とあちらの世界(異界・神域)の境界をつなぐ場所でもある。 梯(はしご)は垂直方向をつなぐ。 柱(はしら)も天と地をつなぐ。 箸(はし)も、食物と口の間を橋渡しして、食べ物と自分をつなぐ。いのちといのちをつなぐ。


伊勢神宮 外宮
伊勢神宮の外宮。 ここは内宮に比べると、やや暗い。 ただ、暗いからこそ光を感じる空間でもある。 暗いからこそ聴覚が優位となり、森全体の音が異常に聞こえてきて驚いた。 先日見てきたアンドリュー・ワイエスの絵(東京都美術館)を思い出した。こちらの感想もまたいづれ。


お木曳(きひき)行事 式年遷宮@伊勢
「お木曳行事」で、伊勢にやってきた。 伊勢神宮の20年に1度の「式年遷宮」に向け、伊勢神宮の神域へヒノキを奉納するのが「お木曳行事」。 次回の式年遷宮は2033年(第63回神宮式年遷宮)。いまから7年後の未来に向けて、木を運ぶこと自体が神事となる。そのプロセスの一端に参加させてもらえる光栄(事前公募制です)。 私が参加する陸曳(おかびき)では、外宮へ木を納めるため奉曳車に巨木を載せ、「エンヤ、エンヤ」の掛け声で街中を練り歩く。 そのため、伊勢市駅前の日の出旅館に泊まっている。 創業約100年で木造3階建て。とてもレトロで渋くて素敵。 トイレやお風呂が廊下に出ないといけないので、現代風ではない。ただ、昔の湯治場でも見られるこの風情は時の重みでしか作られないもの。なんとかこの風情を残し続けてほしいです。 伊勢での「お木曳(おきひき)行事」は、20年に一度しか行われない伊勢神宮の「式年遷宮」のために木を運ぶ。 「式年遷宮」は内宮だけではなく外宮も。しかも建物だけではなくて、土も含めて空間全部をあたらしく入れ替えるらしい。 もし次に参加できるとしたら、も


【100.80.60.展】@ Ginza Sony Park
Ginza Sony Parkでの【100.80.60.展】。銀座100年、ソニー80年、ソニービル60年。の展示。 銀座一等地での贅沢な空間つかの展示。 2019年5月(令和に切り替わったとき)に、このGinza Sony Parkで高木正勝さん、大友良英さん、野村友里さんとイベント(eatrip voice & live)をやったのもよき思ひ出。 ■2019/5/1(Wed):eatrip voice & live「高木正勝 × 稲葉俊郎」:高木正勝(音楽家)/ 稲葉俊郎(医師・医学博士)/ 野村友里(聞き手)@PARK B2/地下2階(Ginza Sony Park) ■2019/5/8(Wed):eatrip voice「稲葉俊郎 × 大友良英」:稲葉俊郎(医師・医学博士)× 大友良英(音楽家)@PARK B2/地下2階(Ginza Sony Park)(→チラシPDF) 【100.80.60.展】、詩もよかったんですが、いちばんの感動は、往来のSONY商品の実物。 カセットデッキとかウォークマンとか、デザインもサイズ感も姿・形がすべて素


天然ラドン温泉 すずむし荘
安曇野ちひろ美術館のすぐ横には、「すずむし荘」という、天然ラドン温泉(馬羅尾天狗岩温泉)を楽しめる宿泊・日帰り入浴施設があった。 野生のスズムシは「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されているが、ここ長野県松川村は鈴虫が自生(野生化)しているらしい。それはホタル生息地と同じで、水がよく、環境がよい証拠とも言える。 泉質: 単純弱放射能温泉(弱アルカリ性低拡張性泉) 天然ラドン温泉が楽しめる施設はそう多くない。 しかも、10分連続で入ったら、4時間くらいは全身がポカポカ(特に頭)となり、帰りも夢見心地だった。 ラドンはガスなので、露天より室内でしっかり蒸気(ガス)を吸入した方が効果が高いです。 浴室内に充満する湯気(ラドンガス)を肺から吸収する。体内のラドンの約90%は呼気から取り込まれると言われている。 ラドン温泉は、温泉水に含まれる微量の放射性ガス(ラドン)が全身の細胞を刺激することで、自然治癒力を高める「ホルミシス効果」が期待できる。 「ホルミシス」とは、大きな刺激は害になるが、ごく微量の刺激は生体を活性化させるという現象のこと。...


安曇野ちひろ美術館 「子どものしあわせと平和」
「戦後、私が平和をねがうのは、 もう二度とあんな赤いシクラメンの花のような火を、 子どもたちの上にふらせたくないからです」 いわさきちひろ 遺作 『戦火のなかの子どもたち』(1973年)より いわさきちひろさん(1918年-1974年)は、生涯を通じて「子どものしあわせと平和」をテーマに描き続けた絵本画家。 彼女は現代に生きていれば何の苦労もなく、アーティスト、絵本作家、書家・・・だったかもしれないが、家族も本人も戦争に翻弄された人生だったから。 20歳で最初の結婚をして満州へ渡ったが、夫の自死により帰国。その後、書道教師として再び満州へ渡るも、戦局の悪化で帰国。 1945年の空襲で東京の自宅を焼失し、長野県松本市へ疎開して終戦を迎えた。 ちひろさんの両親は、戦時中に国策に協力する立場にあったため、戦後GHQによる公職追放を受けた。ちひろさんは、両親が国策に貢献(父は軍事施設の建設を、母は満州へ渡る「大陸の花嫁」を送り出す国策業務を)していたことで戦時中も恵まれた生活ができていた事実を戦後に知り、深い葛藤を抱いた。 この経験が、「子どものしあわせ


安曇野ちひろ公園 窓ぎわのトットちゃん トモエ学園
GWは安曇野ちひろ美術館へ。 ここは素晴らしい美術館だった。 美術館を公園が内包しているデザインは、川崎市岡本太郎美術館(生田緑地)にあることと同じで、人が作る美術空間よりも自然が作った自然空間をより大いなるものと位置付けている点が素敵。全体設計・建築は内藤廣さん。さすがだ。。。 安曇野ちひろ公園に入ると、背景には北アルプスの雄大な景色が広がり、それだけで感動する。 学生時代に、「北アルプス全山縦走」と言って、北アルプスの尾根沿いを日本海から上高地まで。10日くらいかけて歩いたのを昨日のように思い出す。あの頂上を全部歩いたんだなぁ、と。ほぼ前世の記憶。 美術館に入る前、安曇野ちひろ公園の無料で入れるエリアだけでも十分に楽しめる要素があり、半日はゆっくり過ごした。 トットちゃん広場も素敵だった。黒柳徹子さんの著書『窓ぎわのトットちゃん』に登場する「トモエ学園」の世界を再現している。 トモエ学園は東京の自由が丘にあった小学校。「電車の教室」という、実際の電車を利用した教室があったらしく、当時のままを再現しているのが素敵だった。「電車の図書室」でも子ど