

内観光:内なる光を観る 「水」=夢+数
飛行機から地球の巨大な水がめとしての海を眺める。 武満徹さんの音楽では、人の無意識に沈む夢、記憶を喚起する普遍的な象徴として水をテーマに音楽を多数制作されていた。 水は、意識の深い層にある「無意識」や「夢」にアクセスするためのメタファー(隠喩)。 武満さんの音楽は、数理的な構造(数)と、無意識的な感覚(夢)とが、「水」という要素の中で統合されたもの。 水は留まることなく形を変えるため、個人の過去や失われたものを呼び起こす無意識の象徴。 普段から瞑想や呼吸法を通じて、無意識へのアクセスを日常的にしている人間にとっては、海を見ているだけで、深い無意識のイメージが万華鏡のように展開してくる。 これからの観光は、内観光(内なる光を観る)の方にシフトしていくのではないだろうか。 普段から瞑想や呼吸法を通じて、無意識へのアクセスを日常的にしている人間にとっては、海を見ているだけで、深い無意識のイメージが多層に連なって万華鏡のように浮かんでくる。 ―――――――――― 武満徹「二つのもの‐作家の生活」 夢・数・水 現在(いま)私が書いている音楽について考えてみ


梅の里 梅の花 和歌山県 みなべ町 和歌の山
和歌山県のみなべ町は、「みなべ温泉」にもありますが、日本一の梅の生産量を誇る「南高梅」の誕生地です。 地域全体が梅の香りに包まれる「梅の里」。ちょうど私が行っているときに、梅の花が満開で、ここは天国なのか?という絶景でした。 梅農家の方々が収穫されている場所を訪れ、温浴・温泉浴に引き続き、「梅浴」を楽しみました。 梅干しは、クエン酸効果で、疲労回復、殺菌・抗菌作用(食中毒予防)に加え、血流改善、血糖値上昇の抑制など、高い健康効果が医学的に期待されている奇跡の伝統食です。 梅干しは「強アルカリ性食品」です。 酸性に傾いた血液(疲労時など)を中和し、健康な弱アルカリ性へ戻す効果があります。肉や加工食品の摂りすぎで酸性になりがちな血液・体液を、クエン酸が血液中でアルカリ性に変わり、心身の調和を保ちます。 ちなみに、5グラムの梅干し(アルカリ性)で、牛肉100グラム(酸性)を中和できると言われています。 梅干しはCaカルシウム・ミネラルの吸収促進で骨粗鬆症予防にもなりますし、強い殺菌力で食中毒(O157など)の予防にも効果的。 伝統の梅干し+白米の「日の


みなべ温泉 紀州路みなべ
和歌山湯トリートは鶴の湯温泉(みなべ(南部))が最後だと思っていましたが、最後の宿泊先である「紀州路みなべ(国民宿舎)」も「みなべ温泉」で、温泉でした。 1日最低3回の湯治旅を心がけていたので、4日で15くらいの温泉に入っていました。 自分が温泉に入っているのか、温泉が自分に入っているのか、主客がわからなくなるほどです。 みなべ温泉は、目の前に太平洋が見えます。 泉質はナトリウム塩炭酸水素塩泉で、重曹成分を含み、美肌効果や保温・保湿に優れています。 国民宿舎はリーズナブルで食事もおなかに優しくて、どこに行ってもお気に入りになるお宿ばかりなのも特徴。 紀州路みなべは太平洋と隣り合わせなので、1階からは海岸線にも行けて、軽井沢で山・森の生活をしている人間には、地球の巨大な水がめ?を見ているだけで浄化される気持ちになります。 夜寝ているときも、ザバーンザバーンと波の音が聞こえ続けているのも、深い無意識に誘うかのようで。


龍神温泉(田辺市龍神村)、鶴の湯温泉(みなべ町)
疲弊した心身を回復するために、龍神温泉元湯へ。 ここは、日本三美人の湯に数えられる、源泉かけ流しのナトリウム-炭酸水素塩泉(重曹泉)。 美肌効果のほかに慢性皮膚病や冷え性への効能も高い名湯。 ちなみに、日本三美人の湯(川中温泉、龍神温泉、湯の川温泉)は、1920年代に鉄道院が発行した温泉案内にて「肌を白くする・滑らかにする」と評価された温泉が由来。 龍神温泉は、奈良時代ころに役の行者によって発見されたとも、弘法大師が難陀龍王のお告げにより開湯したとも伝えられている。 徳川時代には紀州藩(徳川頼宣公)の保護を受け、藩主専用の浴場や別荘(上御殿)が設けられ、上流階級の湯治場としても栄えていた。 和歌山県では二つしかない国民保養温泉地の一つにも指定されていて、龍脈(風水で地中を流れるエネルギー(生気)の経路)を感じられる奥深い場所。 こんこんと泉が湧き、太古から人の心身のまろやかに包み込んで、受け入れ、解き放っている。 龍神温泉元湯 〒645-0525 和歌山県田辺市龍神村龍神37 お昼は近くにある、つぐみ食堂(道の駅 水の郷日高川 龍游)で下ごしらえ


Day4 final 熊野古道(中辺路)熊野本宮大社
和歌山湯トリートDay4の最終日は、熊野古道を歩く。 とは言っても、発心門王子から熊野本宮大社(中辺路)という2-3時間の距離だけ、ですが、歩くことで湯(斎)・湯庭(斎場)の有難さも効果もわかり、時代を超えて同じ風景を見た人たちの気持ちとシンクロもするから。 私自身も、学生時代にハードな山岳部生活を送っていて、その時に疲れを回復させるのは、すべて温泉地であり湯治場だった。その時から、人間の自然治癒力というものに関心がうつり、今は温泉・ミネラル・酵素の三位一体モデルが自然治癒力を生み出すのではないか、という仮説を持つにいたる。この辺りはいづれ本にまとめたいが、そこまでの力量と資格があるかどうか分からない。 「山のメディスン」という本にも書いたが、自然の中を歩くことは、頭優位の思考から離脱して、全身で感じ考える身体モードにシフトする作業なのだろうとも思う。 そうした意味でも、熊野古道は全身から毛穴からも、色々なものを感じる場所。それは今この瞬間に分からなくても、何年、何十年の期間をかけて発酵・熟成されて顕在化してくるもの。 熊野古道を歩いていると、突


Day3 山水館 川湯みどりや 自然とひとつに
Day3の最後は「山水館 川湯みどりや」に宿泊。 ここは去年来た時とまるで違ってリニューアルしてお洒落な空間になっていて驚きました。予想を超えてスタイリッシュです。 しかも、ここは南紀勝浦のホテル浦島グループなんですよ。浦島さんのはしごです。 ここは少し値段は張りますが、お風呂に入った後、備え付けの水着のような湯浴み着を着れば、川にある露天に出れます。川湯温泉というだけあって川からお湯が沸いているわけです。いわば水着を来て川に出るので、男女混合のプールみたいな状況です。 だからこそ、露天なのに仕切りもなく、だからこそ森、空、川、と一体化した気分になれる稀有な温泉。夜に星を見ながら入る温泉は格別でした。 これ、まさにマインド風呂ネスではないでしょうか。 女性の露天風呂は、のぞき見防止で柵ができますよね。それはもちろん大事ですが、だからこそ景色がよく見えなくなりますよね。視野も狭くなります。それなら、最初から湯浴み着で入れば柵も作らなくていいし、景色もよく見えていいのでは?というコロンブスの卵みたいな考え方とも言えます。 だからこそ、 部屋からも露天


湯の峰温泉 つぼ湯 ミネラル 温泉芸術
湯の峰温泉のつぼ湯は、世界で唯一、世界遺産なのに実際に入れるお湯。日本最古の共同浴場とも言われます。 つぼ湯と言えば、小栗判官伝説も泣けますよね(近藤ようこさんの漫画「説経 小栗判官」は超絶お薦めです)。 横山一族に毒殺された小栗が餓鬼阿弥(餓鬼の姿)としてこの世に蘇り、愛する照手姫との再会、熊野での奇跡的な湯治を経て復讐を遂げる。死と蘇生、真実の愛を描いた物語で、歌舞伎や人形浄瑠璃のテーマにもなっています。 熊野詣で罪穢れを払い、新たな心身になって帰還(生還)する「蘇り」が起こるため、差別対象だったライ病患者も、熊野へ参詣すれば救われる。ということも重層的なテーマとして含まれている、草津のような弱者にやさしい愛ある場なのです。 ・・・・ 熊野古道をてくてく歩き、熊野本宮大社に入る前の禊の場。 ここは待ち時間が長くなるので、2時間くらいは待つ気持ちで余裕をもって行ってください。焦りは厳禁です。 のんびりだらだら待てるかどうか、その心の余裕をこそ、問われるのです。 私もいつものように2時間くらい待ち、ぼけーーっと頭をアホにして待ちまして、熱い熱いツ


熊野速玉大社 みかん ナギ(梛)の大樹
神倉神社から熊野速玉大社はすぐ近く。 熊野速玉大社は、熊野本宮大社、熊野那智大社とともに熊野三山を構成する場。3つの場を参ってコンプリート。 速玉大社はこじんまりとコンパクトで、いい気が流れている。 熊野御幸(くまのごこう)とは、平安中期から鎌倉期にかけて上皇や法皇が熊野三山に参詣した行幸のこと。 後白河法皇が33回、後鳥羽上皇が29回、鳥羽上皇が23回、白河上皇が12回・・・と記録されていて、これが「蟻の熊野詣」と称される大ブームや熊野古道の整備につながった。 車もない時代に京都から熊野まで何度も何度も歩いてきているわけですから(川下りも合わせ技で)、すごくないですか? 藤原定家も随行した「熊野御幸記」の展示は、先日の三井記念美術館に見に行きました。 そこまでして京都から熊野を訪れた理由はたくさんあり、謎も多い気もしますが、当時、熊野は「浄土」とみなされていて、生きながら生まれ変わる場として(「甦り」の場)、罪を浄化し、極楽往生を願う聖地として信仰を集めていたことが理由だとも。 熊野権現は身分や老若男女を問わずすべてを受け入れる場で、だからこそ


神倉神社 熊野根本大権現 神武天皇 火の竜
神倉神社から温泉DEマインド風呂ネス・湯トリートDay3。 ホテル浦島の竜宮城?で時間間隔をゆがめ、禊ぎをした後は、熊野の神々が最初に降臨したとされる聖地(「熊野根本大権現」)である神倉神社へ。 急峻な石段を登る(源頼朝の寄進らしい)と、ご神体のゴトビキ岩に出会う。 ゴトビキ岩は、神倉山の巨大な岩(磐座)。 日本書紀によると、神武天皇が東征の途中に紀伊半島に上陸し、この地にある「天磐盾」に登ったとされる。 祭神の高倉下命(たかくらじのみこと)は、神武天皇が熊野で危機に瀕した際、夢に現れた神より授けられた剣(=フツノミタマ。石上神宮(奈良県)に祀られ、草薙剣と並ぶ日本最古の神剣の一つ)を、神武天皇に献上し、神武天皇を助けた神と伝わる。 2月6日の御燈祭り(おとう祭り)では、白装束の男たちが松明を手に急な石段を駆け下りる狂気の火祭りがある。 熊野に春を告げるお祭りで、地元民謡で「山は火の滝、下り竜」とうたわれる。つまり、1600人の人間の集合体が命がけで火の竜そのものになる。 神倉神社の看板を読んでいると、色々な神話や伝説を生んで交じりあった地である


Day2 南紀勝浦温泉 ホテル浦島
和歌山の秘湯をめぐる!温泉DEマインド風呂ネス・湯♨トリート。 2日目の宿泊は、一度は行ってみたかったホテル浦島へ。 ここは岬や洞窟の上に、どうやって建てたんだろう?という巨大な要塞な施設の場所。 近くの駐車場で車を停めてバスに乗り換え、そこからあえて小さな亀型フェリーに乗り換え、浦島太郎気分になってホテル浦島へ向かう。あまりの巨大な施設ゆえに、本当に昭和から時が泊まったようなホテル。 天然洞窟に自然に温泉が湧出している。 平安時代から熊野三山詣での時に使われていたらしい。 「忘帰洞」の名は、ホテル建設時の大正時代に、徳川頼倫公(紀州徳川家の第15代当主)が『帰るのを忘れさせるほど心地よい』と言ったことに由来するらしい。 いづれにせよ、こうしたスケールの天然洞窟の天然温泉は世界でも類がなく、一度入ってみたかった。 泉質は、含硫黄ーナトリウム カルシウムー塩化物泉(弱アルカリ性低張性高温泉)で、硫黄臭が心地よく、洞窟の中で入っていると、縄文時代にタイムスリップするかのよう。 天然洞窟温泉(「忘帰洞」「玄武洞」)の写真は撮れないので、浦島の公式HPか