top of page

熊野速玉大社 みかん ナギ(梛)の大樹

  • 5 日前
  • 読了時間: 2分

神倉神社から熊野速玉大社はすぐ近く。

熊野速玉大社は、熊野本宮大社、熊野那智大社とともに熊野三山を構成する場。3つの場を参ってコンプリート。


速玉大社はこじんまりとコンパクトで、いい気が流れている。



熊野御幸(くまのごこう)とは、平安中期から鎌倉期にかけて上皇や法皇が熊野三山に参詣した行幸のこと。

後白河法皇が33回、後鳥羽上皇が29回、鳥羽上皇が23回、白河上皇が12回・・・と記録されていて、これが「蟻の熊野詣」と称される大ブームや熊野古道の整備につながった。

車もない時代に京都から熊野まで何度も何度も歩いてきているわけですから(川下りも合わせ技で)、すごくないですか?



藤原定家も随行した「熊野御幸記」の展示は、先日の三井記念美術館に見に行きました。


そこまでして京都から熊野を訪れた理由はたくさんあり、謎も多い気もしますが、当時、熊野は「浄土」とみなされていて、生きながら生まれ変わる場として(「甦り」の場)、罪を浄化し、極楽往生を願う聖地として信仰を集めていたことが理由だとも。



熊野権現は身分や老若男女を問わずすべてを受け入れる場で、だからこそ、末法思想(この世の終わり)が流行った不安な時代に人を惹きつけた。すべてを母性的に受け入れてくれて、しかも罪や穢れも浄化される。そんな風になぜだか奇跡の蘇りが起こる場が、熊野だったと。



すべてを受け入れる熊野速玉大社の中にはミカン屋さんも受け入れていて、親切な売り子さんからたくさんミカンを試食してたくさん購入して、移動中にも、水分摂取も兼ねてむしゃむしゃ食べたのでした。和歌山はミカンも産地で、美味です。




境内にある樹齢千年のナギ(梛)の大樹は熊野権現の象徴とも言われていて、見事でした。

-------------

「千早ふる 熊野の宮のなぎの葉を 変わらぬ千代のためしにぞ折る」

藤原定家

-------------





近くの古道具屋さんでの福助さん。



コメント


© All right reserved TOSHIRO INABA

bottom of page