

YOGA TRIATHLON 2026@恵比寿
GW中に、世界で活躍するヨガ指導者ニーマル先生による「YOGA TRIATHLON 2026」@恵比寿(by.スワル(石古暢良さん))に参加した。 トライアスロンが水泳・自転車・ランニングの3種目を一日で完走するように、ヨガ(Body)・呼吸(Mind)・瞑想(Emotion)という3つの実践を、1時間ずつ、ひとつの流れとして体験する企画。 合計3時間以上!も、100人以上の人!と一堂に介して自分の心身と対話する時間は貴重で深い時間だった。 ・・・・・・・・ もう30年近く前になるけれど、大学生時代に、インド哲学科にもぐりこんだ(東大のイン哲はすごい人ばかりだった)。 サンスクリット語含めインド哲学の古典(「ヴェーダ」「ウパニシャッド」「叙事詩(『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』)」「学派の根本経典(『ヨーガ・スートラ』、『サーンキヤ・カーリカー』)」)・・・を共に学ばせてもらったのも良き思い出。深く無意識に刷り込むような時間。 あの頃は、とにかくこの世界の真理が知りたかった。 インド哲学だけではなく、東洋思想などを広範に学んだ。そこには西洋哲


「ロン・ミュエク」展@森美術館
「ロン・ミュエク」展@森美術館。 ロン・ミュエク(Ron Mueck)は、映画や広告業界で特殊効果やモデルビルダーとして20年以上のキャリアを積み、アーティストに転じた。 生命感あふれる質感を、異常なサイズ感で強調するように表現する。 表面上でのリアルを追求しながら、内側にある命を表現しようとしている。特に、孤独、不安、弱さ、そして強さなど。人間なら誰もが抱える内面的な感情を彫刻に投影する。 多くの作品は誰にも視線を合わせず瞑想的なポーズをとっている。能舞台や菩薩像のように、他者との不思議な距離感がある。 だからこそ、観る者が自らの内面を鏡のように見つめ直す機会となるのだろう。 生きているように見えるが人工物。という作品は、リアルとバーチャル、真実とフェイクが入り混じる現実世界を象徴しているようにも思える。 きっと、多くの人が作品に並んで記念撮影したい欲望に駆られるだろう。 ・・・・ 作品を観ていてふと頭に浮かんだのが、村上春樹さんの『象の消滅』という作品。 町の象徴であった象と飼育係が、ある日突然消えてしまう。主人公の「僕」は、消滅の直前に象舎


BAYFM 78.0MHz『てぃだきゃん』(ナビゲーター:きゃんひとみ)
5月の月曜早朝ですが、10分ずつラジオに出てます。 BAYFM 78.0MHz『てぃだきゃん』(ナビゲーター:きゃんひとみ)というラジオ番組です。 番組はAM5:00~5:57という早朝なのですが、私は後半寄りの5時40分くらいから10分ほど話しています。 5/4+5/11+5/18+5/25(月曜)の全4回。 『てぃだきゃん』(「でぃだ(=太陽)きゃん」)は、1989年のbayfm開局以来、続いている長寿番組。すごいです。 5月は『5月病』と言われるように、4月の入学や就職、異動などで環境が大きく変わった後、ゴールデンウィーク(GW)明け頃に感じる心身の不調が起きやすい時期です。そんなときに、私の単著、稲葉俊郎『肯定からあなたの物語は始まる』(講談社)(2025年)でもどうぞ、とのことで、ラジオに読んでいただきました。ありがとうございます。 都内の方はRadikoで1週間以内なら聞けると思いますので、ぜひ! 5/4は放映後になりますが、radikoで言うと、42分~51分くらいの部分で話しておりますので。 ●【Radio】2026/5/4+


集英社 学芸の森「開かれた円環に、いのちは宿る ―ゆらぎから立ち上がる世界のかたち」
集英社 学芸の森 Webで、静かにひそやかに、連載しているテキストがUpされました。 森美術館での藤本壮介展とも関連し、大阪万博、太陽の塔、「いのち」など、目的もなく書き綴っています。 どうぞよろしくお願いいたします。 ●「第2部 第2回 開かれた円環に、いのちは宿る ――ゆらぎから立ち上がる世界のかたち」 https://gakugei.shueisha.co.jp/mori/serial/inochinooto/008.html --------------------- 人が集い都市や社会や共同体が生まれる。 「なぜ人はバラバラになり、そして集うのか」。 これはまさにプリゴジンが述べる「ゆらぎ」と「散逸構造」の関係性とも言えるものです。 あるシステムが限界に達すると、小さな「ゆらぎ」が抑えられずに増幅され、増幅されたゆらぎがきっかけとなり、新しい秩序(散逸構造)へ再構築されます。 この「ゆらぎによる秩序」こそが、生命や社会のあり方そのものとも言えます。 人が集まり、ある人数以上になるとバラバラになり、そしてまた小さな秩序が生まれるようにして


竹内整一『「かなしみ」の哲学』 日本精神史の源流へ
北斗の拳で「かなしみ」を知ることこそが奥義であると改めて読んだ。小学生の時の、うっすらした記憶がある。 その後、自分は医学部に入ったものの、学ぶ内容に物足りなさを感じ、宗教学、倫理学、哲学の講義に勝手に潜り込んだ。その中で、東大倫理学の竹内整一教授の講義を一番熱心に聞いた。 というのも、竹内先生の講義は「かなしみ」と日本思想史がテーマだったから。 例えば、『「かなしみ」の哲学』(NHK出版)では、日本人がなぜ古来より「かなしみ」を大切にしてきたのかが書かれている。 「かなし」の語源は「……しかねる」の「カネ」と同根。「かなし」には、自分の力ではどうしようもない「無力さ」や「切なさ」が根底にある。 それは、大切なものを失う「対象喪失」の感情でもあり、「死にゆく自分」という自分自身の死も含まれる。 「かなし」は、同時に「愛(かな)し」でもあって、「悲しい」という否定的な意味だけでなく、「愛(かな)し)」という慈しみの意味も持っていた。どうしようもなく愛おしいという感情は、相手の「かけがえのなさ(有限性)」を実感することから生まれる。...


『北斗の拳』 「愛」と「かなしみ」の物語
イタリア・メローニ首相は『北斗の拳』ファン。 メローニ首相が来日したとき、『北斗の拳』の作者・原哲夫氏との面会を希望し、ケンシロウとラオウが描かれたサインをプレゼントされた。 『北斗の拳』は、週刊少年ジャンプ1983年から1988年まで連載されていたが、イタリアでも80年代から出版され、今でも高い人気を誇るようだ。 自分も小学生の時に熱心に読んだ。当時のPTAや教育委員会関係者は、「あんな暴力漫画を読んだ子供は暴力的になるので禁止だ!」と、騒いでいた。自分はぜんぜん暴力的にはならなかった。 そもそも、子どもは大人よりも本質をより深く理解している存在だ。大人の方こそが、表面にとらわれている、と、子どもながらに思っていた。 そもそも、北斗の拳のテーマは「愛」と「かなしみ」の物語。 核戦争後にすべてが荒廃した時代の中で、「愛」と「かなしみ」に目覚める物語として描いている。子どもの時にも「かなしみ」というテーマ性の深さを感じていた。 ケンシロウは相手を倒すたびに「かなしみ」を自らの血肉へと変えて強くなっていく。戦う相手も悲劇的な過去を抱えているからだ。.


一年(ichinen_karuizawa)@軽井沢レイクニュータウン
軽井沢で新規オープンしたばかり!の素敵なお店「一年」に。 場所はレイクニュータウン別荘地の中。 軽井沢レイクニュータウンは、1960年代にスイスのリゾートをモデルとして構想され、人造湖のレマン湖を中心に発展。 一時は廃れていた時期もありましたが、「レイクガーデン」やレマン湖周囲の「KOHAN」(小さな商店街エリア)に素敵なお店(Horse and the sunや、今回の一年など)がオープンしてきたことで、大人の隠れ家的な雰囲気に生まれ変わっている! そういえば。 レイクニュータウンには「Sajilo Cafe(サジロカフェ)」を手掛けるニールさんと加世子さんご夫妻が作られたヨーロッパの古城を思わせる「HOTEL CORINTHE(ホテル コリント)」もオープンしていたりする。(今度見学に行きたいー。) 「一年」は、フィンランドのシナモンロールとサーモンスープが楽しめる。 店主は料理家でお菓子作家の吉崎亜紗子さん。 そして、内沼晋太郎さんが選書し厳選された本もあり文化的な場所。 2階には工芸品や衣服などを販売するアート&クラフトギャラリー「fri


ジャッド|マーファ 展
ドナルド・ジャッドのマーファ@ワタリウム美術館。 ドナルド・ジャッド(Donald Judd, 1928–1994)は、アメリカでのミニマリズム(ミニマル・アート)の先駆者。 ジャッドにとってのマーファでのプロジェクトは、アート、建築、周囲の自然環境を一つのまとまりとして融合させる壮大な構想の実践と実験。 1970年代にニューヨークから移住し、軍の施設跡などを自ら購入・改修して、作品が「永遠にその場所に存在し続ける」ための恒久設置の場を創り上げた。 『ニューヨークに神秘的なものは何もない。ただ知識と多くのビジネスがそこにあるだけだ。』 と、彼は語ってニューヨークを去っている。 二次元の抽象絵画から三次元の自然界に舞台をうつす跳躍は興味深く、作品だけが砂漠に密やかに残り、亡くなった彼はいま何を思うだろう。 ジャッド|マーファ 展 会期:2026年2月15日(日)- 7月12日(日) http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202602/ 主催/会場:ワタリウム美術館 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3


湯河原の美しい風景
温泉研究の打ち合わせを兼ねて湯河原へ。 湯河原は川沿いに宿が立ち並び、川の流れは視覚だけではなく聴覚も嗅覚も皮膚感覚も癒してくれる。 川を境に神奈川と静岡の境界となり、神奈川の湯河原、静岡の熱海を橋を往復するたびに行き来する不思議。 宿は障子なので朝の光が早く入る。体内時計にスイッチが入り、早朝目覚めて、温泉に入り、川沿いを散歩する。天地自然を巡る気が人体の中に入り込んで交流しあい、気と気が出会うことで深い呼吸ができる。 湯河原の温泉♨️に連続10分入るだけで、全身から汗が吹き出して止まらない。 体が冬仕様から春・夏仕様へと切り替えるときに、しっかりと汗を出さないと内に気がこもってしまう。春・夏仕様の身体に移行させるためにも温泉は最適だ。冬でこもった気を発散させて自然界と交流を図る。 湯河原は都内から近いし、とても穏やかで静かな湯治町。 湯治宿かふね、に宿泊した。 大きな幸せも大事だけど、自然との交流、温泉での地球水との交流のような小さな幸せこそが、けっこう大事。 湯河原駅の到着も遅かったため、定期バスも終わっていた。タクシーもいない。 ...


「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」+『湿地』(東京都現代美術館)
東京都現代美術館。「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」。 宇宙や量子などのサイエンス領域とアートのコラボでの「世界の成り立ち」や「見えない世界」について考える企画展。 量子もつれ(量子エンタングルメント)は、2つ以上の粒子が、互いにどんなに離れていても「一蓮托生」のような特別な関係にあること。量子もつれ(量子エンタングルメント)は2022年のノーベル物理学賞を受賞。 人間関係や、「縁」というものを考える時に示唆に富む話。 常に誰かの行動が誰かへと影響しているとすれば。 2枚の「コイン」が量子もつれの状態にあるとき、1枚を自分の手元に置いて、もう1枚を海外の友人に送る。手元のコインを投げると、回っている間は「表でも裏でもある」状態だが、「表」だと確認した瞬間、海外に郵送された遠方のコインも同時に「裏」と確定する、ということらしい。どちらが表になるかはランダムだが、「一方が決まれば、もう一方が同時に決まる」というペアの関係が、距離に関係なく成立する。 量子もつれも、私たちが住む3次元空間では離れた2つに見えるけれど、もっと深い次元では一つ