

「未来は、かけらから始まる。」(11/20@ハイアット セントリック 銀座 東京:ロバート キャンベル × 稲葉俊郎 × 奥山純一)
11月20日(金)、銀座で開かれる同名のイベントに、ロバート キャンベルさん、CACL代表の奥山純一さんとともに登壇します。 2026年11月2日(月)から11月20日(金)まで、ハイアット セントリック 銀座 東京にて、株式会社CACLの作品展「未来は、かけらから始まる」を開催されており、最終日のイベントです。 以前、石川県能美市でCACLを訪ねたときのことを、SNSにも書きました。能登半島地震によって壊れた九谷焼や珠洲焼、能登瓦などの「かけら」が、工房で新たな素材になっていました。そこには輪島塗の職人や障害のある人たちなど、異なる技術や経験を持つ人が集まり、手を動かしていました。 ●August 27, 2026:CACL(カクル)@石川県能美市(代表:奥山純一) 私が心を動かされたのは、壊れたものを元どおりにするだけではない、その先の営みです。 かけらに新しい役割を見つける。 そこから人の仕事が生まれ、人と人がつながり、地域に新しい文化が育っていく。 訪問したとき、私はこれを「未来の編集」と呼びたくなりました。 医師として患者さんに向き


本が本を呼び人と人をつないでいく。10月8日(木)朝日新聞朝刊
本日、10月8日(木)の朝日新聞朝刊に、私の著書『いのちを呼びさますもの ―ひとのこころとからだ―』(アノニマ・スタジオ)をご紹介いただきました。 今回の掲載は、アノニマ・スタジオが昨年刊行した『読書のススメ』という企画が、朝日新聞に転載されたものです。 本を選んでくださったのは、ウェルカムグループ代表の横川正紀さん。 横川さんは、DEAN & DELUCAをはじめ、食、暮らし、デザイン、街づくりなど、さまざまな領域を横断しながら、日本に新しいライフスタイルや文化を根付かせてこられた方です。 単に商品やサービスを提供するのではなく、その背景にある思想や美意識、日々の暮らしを豊かにする文化そのものを育ててこられた。その姿勢には、以前から深く共感し、敬意を抱いていました。 そんな横川さんが、数ある本の中から私の本を選んでくださったことは、何よりもうれしく、感動的な出来事でした。 新聞には、こんな言葉が添えられています。 「人の体は約60兆個という途方もない細胞の集合体だそうだ。この本は生まれてから当たり前のように思ってきた自分の体に向き合うきっかけを


読むことは、生きること 米原万里『打ちのめされるようなすごい本』
ロシア文学への興味が深まり、その言葉や文化に通じた米原万里(1950-2006)の書評を読んでみたくなった。 ゴルバチョフやエリツィンからも厚い信頼を寄せられたロシア語通訳者である。言葉を通して人と人、文化と文化をつないできた彼女は、どのように本を読むのだろう。その関心から手に取った一冊だった。 まず、題名がいい。『打ちのめされるようなすごい本』。整えられた批評の言葉になる前の、思わず口からこぼれたような、生の言葉だ。本に出会い、心身を揺さぶられた驚きがそのまま伝わってくる。「すごい」という日常の言葉が、これほど強く響く題名も珍しい。 本書には、多彩な書評とともにがんとの格闘を綴った読書日記が収められている。読み進めて驚いたのは、読むことと生きることが、分かちがたく一体となっていることだった。 文学や歴史、言語をめぐる文章のなかに、時折、がんの治療法や医療情報が差し込まれる。そのたびに、読書の世界を自在に行き来していた言葉が、著者自身の身体へと引き戻される。いま何を信じ、どの治療を選ぶのか。情報を読むという行為に、自分の命がかかっている。その切迫


社会福祉法人チハヤ会設立60周年記念イベント:「「治る」からはじめるこれからの場づくり」
「治る」からはじめる、これからの場づくり。 10月16日(金)、群馬県みどり市で開催される社会福祉法人チハヤ会の設立60周年記念イベントに登壇します。 1日目のテーマは「にじみあってつながる地域のかたちとは」。私は、福祉・医療・芸術が出会うことで、地域にどんな「治る場」をつくれるのかをお話ししたいと思っています。 病院で治療を受ける時間も大切です。同時に、人が誰かと出会い、表現し、役割を持ち、自分の居場所を感じられることも、生きる力に深く関わっています。これまで私が医療や福祉、芸術の現場を行き来しながら考え、実践してきたことを、具体的な経験からお伝えできればと思います。 このテーマには、私自身の学びもつながっています。私は東京藝術大学の藝大DOOR・8期生です。 藝大DOORは、藝大生と社会人がともに「ケア×アート」を学び、多様な人が共に生きる社会を考えるプログラム。異なる経験を持つ人たちと学ぶ中で、芸術が人と人の間に新しい関係をつくる可能性を、改めて感じました。 当日は、東京藝術大学の伊藤達矢さんも登壇し、「文化的処方」をテーマに基調講演をされ


10/13『「道」とウェルビーイング』前野隆司 × 稲葉俊郎 × 針谷和昌(Online)
「道」とウェルビーイング。 久しぶりに、対話の場をひらきます。 茶道、武道、芸道など、日本で受け継がれてきた「道」。一つの所作を繰り返しながら、呼吸を感じ、相手の動きに応え、少しずつ自分の身体の使い方が変わっていく。伝統芸能や「道」には、過去の技を守るだけでなく、未来の身体をひらく可能性が満ちていると思います。 これまでも私は、さまざまな分野の第一人者をお招きし、医学や芸術、身体、そして「生きること」をめぐる対話の場を主催してきました。一人の知識だけではたどり着けないところへ、異なる経験を持つ人たちの言葉が重なることで進んでいける。その面白さを、久しぶりに皆さんと味わいたくなりました。 2017-2019年頃に慶応大学で主催していました。 第1回 道の学校は、2017/2/28の藤平信一さん(心身統一合氣道会会長)+佐々木隆道氏さN(プロラグビー選手)でした。 いま、私たち家族全員で取り組めることを、ということで、藤平信一さんの心身統一合氣道会で、合氣道を学んでいるご縁の不思議があります。 今回は、まずオンラインから再開します。...


トルストイ『人は何で生きるか』 愛を訳し愛を生きる
トルストイの『人は何で生きるか』を、北御門二郎の訳で読んだ。 映画『ドライブ・マイ・カー』をきっかけに移動中はチェーホフを読み直すようになり、ロシア文学に興味が向かった。そうして、トルストイやドストエフスキーを、学生時代以来20年ぶりに再読している。2024年からライフスタイルを大きく変えたおかげで、時間も心にも余裕ができてきたのだろう、と思う。多忙な時は本を読む時間がとれなかった。心の余裕と本の時間とは相関関係にある。もちろん本を読まなくても死ぬことはない。ただ、体だけではなく心にも栄養を行き渡らせるためには、芸術や読書の体験が深い心の支えになるのだ。 cf.●September 25, 2026 声の残る車、降りられない劇場 『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督、2021) 靴職人のシモンは、寒さの中に取り残された見知らぬ男を家へ連れ帰る。自分たちの暮らしにも余裕はない。妻は初め、その男を迎えることに腹を立てる。それでも食べ物を分け、居場所をつくる。その小さな出来事から、物語は「人は何によって生きているのか」という大きな問いへ進んでいく。.


『フリーダ ~愛と痛みを生きた肖像~』フリーダは自分の人生を自分の手で描く。
カルラ・グティエレス監督のドキュメンタリー『フリーダ ~愛と痛みを生きた肖像~』を観た。 フリーダ・カーロの絵が好きだ。 武蔵野大学ウェルビーイング学部の「ウェルビーイングアート特論」の講義を担当した。健康と芸術、医療と芸術との関りを語るアーティストの一人でフリーダ・カーロを扱った。 彼女のオリジナル映画がAmazonPrimeで観れたのは驚きだった。 写真、絵、日記、手紙が重なり、すでに知っているつもりだった画家が、初めて自分の声で語り始めるように感じられた。 フリーダ・カーロは幼い頃にポリオを患い、18歳のときにはバスと路面電車の衝突事故で重傷を負った。その後も何度も手術を受け、装具をつけ、長い時間を痛みとともに生きた。事故は一度の出来事として終わらず、身体の動き方や、これから生きる時間のすべてに影響し続けたのだと思う。 《壊れた円柱》では、裂けた身体の中に折れた柱が立ち、全身に釘が刺さる。 医学なら痛みの場所や強さを尋ねる。けれども、あの絵が見せるのは、痛みを抱えた身体で世界を生きるとはどういうことか、という経験そのものだ。...


信じる心と、問い直す自由。角田光代『方舟を燃やす』(新潮社、2024)
角田光代『方舟を燃やす』(新潮社、2024)を読んだ。 ちょうどコロナ禍があけたころの作品で購入していたが、ふと本棚で見かけて読んだ。新幹線や電車の移動で少しずつ。 予言、宗教、自然食、ワクチン、陰謀論……。 時代ごとに現れる「信じるもの」を通して、この小説は、人が不確かな世界をどう生きていくのかを描いている。 私がとりわけ痛々しく、共感したのは望月不三子だった。 不三子は家族の健康を願い、自然食を学び、毎日の食事をつくる。私自身も医学部生の頃から食と健康について考え続け、可能な限り体にやさしいものを食べたいと思ってきた。 だから彼女を、単に「極端な考えにとらわれた人」として読むことはできなかった。 食べることは、生きることに直結している。 大切な人の体を思えば、何を食べさせるかに真剣になるのは自然なことだ。 ただ、よいものを食べてほしいという願いと、家族が食べたいもの、その食卓でどう感じるかは、必ずしも一致しない。十分な対話が欠けていたのかもしれない。食卓は愛情が形になる場所であり、同時に、それぞれの自由や気持ちがぶつかる場所でもある。...


11/6-11/8「あたらしい湯治のカタチ―芯から、ゆるめる三日間」@湯河原「上野屋」
11月、湯河原で「あたらしい湯治」を一緒に楽しみませんか? 11月6日(金)から8日(日)まで、湯河原で開かれる「あたらしい湯治のカタチ」に参加します。今回、私がとても楽しみにしているのが、国登録有形文化財の宿「上野屋」に泊まり、2泊3日を過ごせることです。 上野屋さんは、湯河原の温泉場に長く息づいてきた湯宿。大正時代の別館、昭和初期の木造4階建ての本館や玄関棟が大切に使われています。廊下を歩き、階段を上り、窓の外に湯河原の景色を眺める。建物の中で過ごす時間そのものが、日常とは違う速度へと私たちを誘ってくれるように感じます。 そして、何よりお湯が素晴らしい。私にとって上野屋さんは、湯河原の中でも特に好きな温泉の一つです。 敷地内の自家源泉から湧く湯は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。塩化物と硫酸塩の両方に特徴を持つ、弱アルカリ性の温泉です。 泉質を学び、その日の自分の身体で湯の温かさや肌ざわりを確かめる。 この宿に泊まり、朝も夜も湯と建物をゆっくり味わえること自体が、貴重な体験だと思います。 1日目|日常を離れ、心身をほどく...


声の残る車、降りられない劇場 『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督、2021)
『急に具合が悪くなる』(2026)が素晴らしかったので、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)を観た。村上春樹やチェーホフの作品世界が響き合い、言葉と声が深く余韻を残し続ける映画だった。 →cf.「生命は、あいだで踊る――濱口竜介『急に具合が悪くなる』から、医療・ケア・演劇を考える」 印象的だったのは、死者の声が、生きている人の日常を動かし続けていることだ。 家福の赤い車には、妻・音が録音した『ワーニャ伯父さん』の台詞が流れる。家福はその声を聞き自分の台詞を返す。死者との対話は終わることのない稽古となる。 生きている相手の言葉は変わるが、録音された声は変わらない。 車は前へ進むのに、二人の会話だけが閉じられた輪の中で止まっている。 チェーホフが生きた19世紀後半のロシアは、農奴解放を経て古い身分秩序が揺らぎ、都市化が進む時代だった。社会は変わり始めているのに、人々の日々は変わらない。『ワーニャ伯父さん』に漂う「このまま人生が過ぎてしまう」という痛みは、個人の後悔だけでなく時代の転換期を生きる不安も重なっている。 チェーホフは医師でもあ