

松本・浅間温泉「湯々庵 枇杷(びわ)の湯」
松本・浅間温泉の「湯々庵 枇杷の湯」。 時間の漏斗、その奥へ。湯に沈めば、殿様の身体。 軽井沢から松本へ。 この道のりが好きだ。 軽井沢を出て、浅間山の気配を背中に感じながら西へ向かう。佐久の広い空を抜け、山あいへ入り、峠を越えていく。高原の光、遠く重なる山の稜線、収穫を待つ田畑、小さな集落。車窓の風景が少しずつ変わるたびに、自分の中の時間の速度まで変わっていくように感じる。 そして途中、鹿教湯温泉を通る。ここは、素通りするのがなかなか難しい。 鹿に導かれて湯を発見したという伝説を持ち、古くから湯治場として人々の身体を受け止めてきた場所。山あいへ入り、鹿教湯の文字が見えてくるだけで、「ちょっとだけ入っていこうか」という誘惑が生まれる。 ●September 10, 2026: 味噌ジェラート@鹿教湯温泉(イズミヤ ジェラート) ●September 9, 2026:「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」&坂本龍一さん ●July 8, 2026:大塩温泉@丸子(まるこ)温泉郷 ●July 7, 2026:高梨共同浴場@鹿教湯温泉


子安温泉 褐色の湯と裸で風に触れる時間。
山田温泉、七味温泉、松川渓谷、雷滝。 高山村で水と湯をたどる旅の中で、子安温泉を訪れた。 温泉は源泉かけ流し。療養泉として開湯以来多くの人々に愛され続ける名湯。レアなのは「含よう素泉」で、⾧野県でも子安温泉と長野市の川中島温泉テルメDOMEの2か所しかない。) 高山村の温泉郷を巡ると、近い場所にありながら湯の個性が驚くほど違う。 山田の透明な湯 七味の白濁した湯 そして子安の褐色 子安温泉は、含よう素-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。 七味で見た硫酸塩を主体とする湯とは、化学的な骨格も異なる。 今回見つけた2014年の分析書には、源泉温度35.9℃、pH6.8。そして、源泉の外観は「ほとんど無色透明」と記されていた。それなのに、浴槽では褐色になる。 この違いが面白い。 分析書には、鉄〈Ⅱ〉が8.2 mg/kg含まれている。地下では水に溶けていた鉄が、地上で空気に触れ、酸化して微細な沈殿になる。その変化が、湯の黄褐色や茶褐色を生んでいる可能性が高い。 透明な水が、地上で色を持つ。 松川で見た赤褐色の河床も思い出した。川と浴槽では条件が違うけれど


七味温泉「紅葉館」―山を下りても、温泉は身体に残っていた
軽井沢から菅平高原を抜け、車で約2時間。 長野県北東部、須坂市や小布施町の東側に位置する高山村の七味温泉へ向かった。(高山村役場に用事があったもので) 高山村は、里の集落から群馬県との県境をなす山々へと広がる村。その山あいを流れる松川に沿って、個性の異なる温泉が点在している。先日訪れた山田温泉も、この同じ流域にある。 山田温泉よりさらに上流へ、松川渓谷の奥へと入っていくと、七味温泉にたどり着く。 県境の山々の向こうには、万座や草津の温泉地がある。 信州の谷を奥へ奥へと進みながら、群馬の火山と温泉の世界にも近づいていたのだと思うと土地のつながりが面白い。 軽井沢から約2時間という距離なのに、ずいぶん遠くへ来た気がした。 谷が深くなり、日常の気配が少しずつ遠ざかる。温泉に入る前から身体の時間が変わっていくようだった。 七味温泉には、かつて「日本秘湯を守る会」の会員宿(七味温泉の渓山亭)もあったという。ここで感じる秘湯らしさは、道のりの先で、山と湯がつくる時間に身を置くことにあるのかもしれない。 七味温泉「紅葉館」の日帰り温泉を訪問(日帰り入浴は午前1


11/6-11/8「あたらしい湯治のカタチ―芯から、ゆるめる三日間」@湯河原「上野屋」
11月、湯河原で「あたらしい湯治」を一緒に楽しみませんか? 11月6日(金)から8日(日)まで、湯河原で開かれる「あたらしい湯治のカタチ」に参加します。今回、私がとても楽しみにしているのが、国登録有形文化財の宿「上野屋」に泊まり、2泊3日を過ごせることです。 上野屋さんは、湯河原の温泉場に長く息づいてきた湯宿。大正時代の別館、昭和初期の木造4階建ての本館や玄関棟が大切に使われています。廊下を歩き、階段を上り、窓の外に湯河原の景色を眺める。建物の中で過ごす時間そのものが、日常とは違う速度へと私たちを誘ってくれるように感じます。 そして、何よりお湯が素晴らしい。私にとって上野屋さんは、湯河原の中でも特に好きな温泉の一つです。 敷地内の自家源泉から湧く湯は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。塩化物と硫酸塩の両方に特徴を持つ、弱アルカリ性の温泉です。 泉質を学び、その日の自分の身体で湯の温かさや肌ざわりを確かめる。 この宿に泊まり、朝も夜も湯と建物をゆっくり味わえること自体が、貴重な体験だと思います。 1日目|日常を離れ、心身をほどく...


月は東洋と西洋のあいだに昇る 竹田で考えた瀧廉太郎と山田耕筰
瀧廉太郎は12歳から14歳までを長湯温泉の竹田で過ごした。 少年時代に岡城跡で遊んだ記憶がのちの『荒城の月』に結びついたと伝えられている。 「春高楼の花の宴」と歌われた場所にすでに人はいない。城は滅び、栄華も消え、ただ月だけが、昔と変わらず石垣を照らしている。 そこには、日本文化が長く見つめてきた「無常(Mujo)」の感覚がある。 『平家物語』の盛者必衰、西行の月、芭蕉の古池。日本の芸術は、永遠に残るものだけを美しいとしたのではなく、すべては移ろい、やがて失われるという事実の中に美を見いだしてきた。 吉田兼好は『徒然草』に、「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」と記した。美は満開という完成の中だけにあるのではない。咲く前の梢にも、散りしおれた庭にもある。桜が美しいのは、咲いた瞬間から散り始めているからだ。 『荒城の月』にもまた、失われゆくものの中に永遠を見る、日本の無常の美学が流れている。 しかし、その旋律を形づくる器は西洋音楽だった。 瀧廉太郎は、西洋の音階や拍節、和声の考え方を学びながら、そこへ日本語の呼吸、日本の風景、日本人が抱いて


町の未来は湯のように地下から湧いてくる 竹田市・長湯温泉にて
首藤勝次さんに案内してもらいながら竹田市・長湯温泉を歩いた。勝次さんが長年育ててきたものは、単なる観光地ではないと感じた。 「この土地をどんな場所として未来へ手渡すのか」という明確なVisionがあった。 長湯の炭酸泉をただ珍しい泉質として売り出すのではない。 温泉を中心に、建築、医療、芸術、食、農業、歴史、景観、そして人々の暮らしを結び直す。 温泉を「入浴場」から、健康と文化と共同体を支える社会の仕組みへ育てていく。足元の小さな源泉を見つめながら、その視野ははるか遠い未来に届いている。 優れたまちづくりには、人と人、場所と記憶、古いものと新しいものを、自由自在に「つなぐ」人が必要なのだと思う。勝次さんはまさにそのような存在なのだろう。 地域の内と外をつなぎ、行政と住民をつなぎ、温泉と医学をつなぎ、日本とドイツをつなぎ、さらに一見関係のなさそうな建築や美術、書物までを温泉の周囲へと集めていく。つなぐとは、単に仲介することではない。異なるものの間に、「まだ誰にも見えていなかった関係を発見すること」なのだ。 空き家対策にも少し心が動くような洒落た名前


【地球の音楽を聴く――長湯温泉「ラムネ温泉館」】
大分県・長湯温泉にある「ラムネ温泉館」へ。 ここで出会う炭酸泉は、ただ湯に浸かるというより、地球の呼吸の中に身体を預けるような体験だ。 ぬるめの湯にゆっくりと身体を沈める。 しばらくすると、皮膚の表面が無数の小さな気泡で覆われていく。腕にも、胸にも、脚にも、あらゆる場所に銀色の泡がびっしりと付着する。 炭酸泉に含まれる二酸化炭素は、皮膚から吸収されることで末梢の血管を拡張し、血流を促す。湯温が低くても、次第に身体の内側から温かく感じられることは人体の神秘だ。 ここで身体に働きかけているのは、「泡そのもの」ではない。 温泉水に分子として溶けている遊離二酸化炭素、すなわちCO₂である。 CO₂は皮膚の表面から濃度差に従ってゆっくりと拡散し、皮膚組織や毛細血管側へ移行する。局所ではCO₂の増加に伴ってpHがわずかに低下し、皮膚の血管が拡張する。その結果、皮膚血流が増える。湯温が低くても、次第に身体の内側から温かさを感じるようになる。 つまり、「炭酸泉が身体に入る」という表現は、完全な比喩ではない。 ただし、泡がそのまま血管へ入り込むわけでも、炭酸水が


地球の炭素を身体で受け取る場所 ―クアパーク長湯
大分県竹田市、長湯温泉にある「クアパーク長湯」を訪れた。 まず心を奪われるのは坂茂さんによる建築。木のやわらかな曲線、繰り返される梁、内と外が緩やかにつながる開放的な空間。人の身体を水辺へ、温泉へ、自然へと静かに導く。 館内のバーデゾーンは水着で利用する広い温泉空間になっている(だから写真もOK)。 湯の中を歩きながら、浮力で関節への負担を減らし身体を動かすことができる。歩行訓練や運動療法につながる空間だ。 歩行浴の通路から横へ突き出した浴槽へ進むと、目の前に芹川の流れが現れる。湯に浸かりながら川を見る。意識は水の流れとともに外へ開かれていく。 一方、内湯は水着を脱いで入る、通常の温泉である。 こちらでは湯そのものに集中できる。歩く場所と休む場所。その両方が一つの施設の中に丁寧に用意されていることが、クアパーク長湯の大きな魅力だ。 そして、長湯の湯を知るには、地球の時間まで遡る必要がある。 九重の山々に降った雨は地下へ浸透し、深部から上昇してくるマグマ性のCO₂と出会う。炭酸を含んだ水は火山岩と反応し、マグネシウムやカルシウムなどを溶かし込みなが


湯気と光のなかに二百年の時間「ただ、熱い湯に、ずんぶり。」@山田温泉・大湯(高山村)
山田温泉「大湯」(長野県高山村)。 これまで数多くの共同浴場に入ってきたけれど、ここは間違いなく、私の好きな共同浴場の一つになった。 山田温泉は、松川渓谷へ向かう途中にある小さな温泉地だ。 小布施(この土地も素晴らしい)から松川に沿って山へ入っていくと、蕨温泉、子安温泉、山田温泉、さらに松川渓谷温泉、五色温泉、七味温泉、そして標高1500mを超える奥山田温泉へと続く。 わずかな距離で、湯の色も泉質も風景も変わる。まるで地球内部を、川に沿って遡っていくような温泉郷なのだ。 小布施町から山側へ車で20分ほどで山田温泉(高山村)があり、温泉街の中心に「大湯」がある。「中心に共同浴場がある」という町のつくりが、まずいい。 昔の温泉街では、湯は旅館の付属施設ではなかった。 人々が湯のまわりに集まり、宿ができ、店ができ、道が生まれ、町になった。 つまり、温泉が町をつくった。 ・・・・・ 大湯の中へ入る。 まず目を奪われるのが、木、木、木! 浴槽だけではない。床も壁も窓枠も木でつくられ、身体全体が木造建築の内部に包まれる。 昔ながらの板張りの洗い場と総ヒノキの


味噌ジェラート@鹿教湯温泉(イズミヤ ジェラート)
1982年の鹿教湯温泉「’82 マイコン・イン」のことを書いた。古い湯治場に、まだ誰も見たことのない「未来」を持ち込もうとした不思議で魅力的な試み。 →●「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」&坂本龍一さん 当時のチラシを見つけた場所は、鹿教湯温泉で9月12日(土) にオープンする「イズミヤ ジェラート」。廃業した巨大な「いづみや旅館 鹿教湯温泉」の再生事業。まず1階から。今後は素泊まりも稼働していくらしい。 イズミヤ ジェラートオープン前にご好意で食べさせていただいたが、これが実においしい! 今回いただいて驚いたのが、味噌ジェラートだった。 その味噌をつくっているのが、鹿教湯から近い丸子の大桂商店。ここがまた、とても素晴らしいお味噌屋さんなのです。我が家は、自分で作った手作り味噌と大桂商店の味噌とのマリアージュで食べているほど(小諸の山吹味噌も買います)。自分の腸内細菌は、長野の微生物でできてます。 大桂商店の創業は文政4年、1821年。200年以上にわたって丸子で味噌を造り続けている。原料は大豆、米、塩という、ごくシンプルなもの。麹室で麹蓋を