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トルストイ『人は何で生きるか』 愛を訳し愛を生きる

1 日前
読了時間: 3分

トルストイの『人は何で生きるか』を、北御門二郎の訳で読んだ。




映画『ドライブ・マイ・カー』をきっかけに移動中はチェーホフを読み直すようになり、ロシア文学に興味が向かった。そうして、トルストイやドストエフスキーを、学生時代以来20年ぶりに再読している。2024年からライフスタイルを大きく変えたおかげで、時間も心にも余裕ができてきたのだろう、と思う。多忙な時は本を読む時間がとれなかった。心の余裕と本の時間とは相関関係にある。もちろん本を読まなくても死ぬことはない。ただ、体だけではなく心にも栄養を行き渡らせるためには、芸術や読書の体験が深い心の支えになるのだ。

cf.●September 25, 2026




靴職人のシモンは、寒さの中に取り残された見知らぬ男を家へ連れ帰る。自分たちの暮らしにも余裕はない。妻は初め、その男を迎えることに腹を立てる。それでも食べ物を分け、居場所をつくる。その小さな出来事から、物語は「人は何によって生きているのか」という大きな問いへ進んでいく。



晩年のトルストイは、文学者としての名声も貴族としての豊かな生活も手にしていた。

しかし、それらを持ちながら、人生の意味を見失う深い苦悩を経験した。

彼が向かったのは、制度や権威としての宗教よりも、イエスの教えを日々の行為として生きる道だった。

人を愛すること。暴力に暴力で応じないこと。働き分かち合うこと。


けれども、そこに到達したからといって彼の矛盾が消えたわけではない。

富を批判しながら富のある家に暮らすことや、万人への愛を説きながら身近な家族との関係に苦しんでいた。

理想を語る言葉と理想どおりには生きられない現実との間でトルストイは苦しんだ。


だからこそ、この短い物語の「愛」は、人生を知り尽くした人の穏やかな結論というより、矛盾の中で何度でも立ち返ろうとした問いに感じられる。



物語が教えるのは、人間には自分の明日さえ見通せないということだ。

思いがけず差し出された手に助けられ、また自分も誰かのために手を差し出す。

そんな出会いの偶然こそが未来をつくる。

未来は常に偶然を種に生成されているのだ。


トルストイのいう愛は、壮大な感情ではなく、目の前の人を家へ迎え入れるような具体的な行為の中にあった。



この本では、訳者の北御門二郎の存在にも強く心を引かれた。


熊本に生まれた北御門は、若い頃にこの『人は何で生きるか』と出会い、トルストイの非暴力の思想を自分の生き方として受け止めた。戦時中には徴兵を拒み、熊本の水上村で農業を営みながら、長い年月をかけてトルストイを訳し続けた。

翻訳とは言葉を別の言葉へ移す仕事だと思う。

しかし北御門は、読んだ言葉に自分の人生を動かされ、その人生を通してまた言葉を届けたのだ。


愛を訳し、愛を生きる。


北御門の娘・小宮楠緒さんが営む「子どもの本の店 竹とんぼ」が、いまも熊本の西原村にある。私も熊本の出身なので、ロシアの作家の言葉が球磨の山村で訳され、阿蘇の麓では次の世代へ本を手渡す営みにつながっていることを近しく感じる。


一冊の本に動かされた人が次の人に本を渡す。

そこにもまた、この物語が描いた愛の形があるように思う。


トルストイは愛を書き、北御門はその言葉を訳しながら生きた。

二人の歩みは同じではなくどちらも矛盾や苦悩を免れなかった。

それでも、遠く離れた二人の強い思いは一冊の本の中で出会い、いま読む私たちに届いている。


人は何で生きるのか。


その答えは、読み終えて覚える言葉というより、「次に目の前の誰かと出会うときどう振る舞うか」の中にあるのだと思う。

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