イリヤ・プリゴジン『混沌からの秩序』(みすず書房、1987年)
- 3月13日
- 読了時間: 6分
イリヤ・プリゴジン『混沌からの秩序(Order Out of Chaos : Man's New Dialogue with Nature)』(みすず書房、1987年)を再読した。


建築家の藤本壮介さんが学生時代に影響を受けた、と、森美術館の展示で書名をあげていて、自分も学生時代に影響を受けた本。物理学の話だけではなく科学史も織り込まれているので、学生当時は難解に感じたが、いま読み返すと、今の自分の気持ちにぴったりくるからなのか、スルスルと再読できた。
<参考>
●August 29, 2025 「藤本壮介さんと仏性」
●August 28, 2025 「藤本壮介の建築:原初・未来・森」
自然界がいかにして無秩序(カオス)から秩序を生み出すのかを述べた科学哲学の名著。プリゴジンは散逸構造理論を確立した業績で1977年度ノーベル化学賞を受賞した物理化学者で、スタンジェールは女性科学史家。
散逸構造とは、外部からエネルギーや物質を取り込み、内部で生じたエントロピー(無秩序、カオス)を外部へ捨てる(散逸させる)ことで維持される秩序のこと。
「いのち」がどうやって生まれるのか、人間や社会の「いのち」とは何か、ということを重ね合わせながら読んだ。
従来の物理学(熱力学第二法則)では、世界は放っておけば無秩序に向かう(エントロピーが増大する)と考えられてきた。
しかし、外部からエネルギーを取り込む「開かれた系(open system)」では、無秩序な状態から新しい構造が自発的に生まれる。このことを自己組織化と呼ぶ。
ゆらぎや不安定さがあるからこそ、生命のような複雑な秩序が生まれる。外部からエネルギーが流れ込むと、システム全体が不安定になり、内部で「ゆらぎ」が活発になる。小さなゆらぎは消えてしまうが、システムの不安定さが臨界点を超えると、小さな「ゆらぎ」は増幅されて大きく育つ。増幅されたゆらぎがシステム全体を覆うと、古い秩序が壊され、新しい秩序が自発的に形作られる。
分かりやすいのは、ロウソクの炎が一定の形を保ち続けること(小さな火が寄り集まって、生まれては消える自己組織化を果てしなく繰り返す)。生命の誕生も、分子の「ゆらぎ」が繰り返されることで少しずつ高度な秩序が生まれたと考えられている。

プリゴジンは、この「ゆらぎによる秩序」こそが、生命や社会が進化する本質的なプロセスであると考えた。
硬直化した古いシステムに外部からの新しい何かがが入り込むと「ゆらぎ」が生じる。システムが安定しすぎず、バラバラすぎない「境界線」にいることで、新しいシステムに移行する。
既存構造を壊す「ゆらぎ」を受け入れることで新しい秩序へ昇華させることが、より高度な秩序(新しいシステム)を生み出す。
そのためには、適度なゆらぎを受け入れ、ゆらぎをノイズとして排除せず、「開放系」を維持しながら、新しいエネルギーが入ってきて、古い習慣(エントロピー)が排出される仕組みこそが大事だ。その条件を整えた後に、「自己組織化」を信じて待ち続ける必要がある。
「太陽の塔」が万博という整然とした会場(管理された秩序)の中に、ベラボーな不協和音(ゆらぎ)として建てられた意味も、そうした本能的な意味があるのだろう。






現代の世界情勢も、プリゴジンの「ゆらぎ」と「散逸構造」の視点で見るとどうだろうか。
多極化や膨大な情報のゆらぎの中で、新しい共生の形が模索されている。 新しいダイナミックな秩序が生まれるための不可欠なプロセスの最中にいる
「不安定さ」を「可能性」と読み替え、「崩壊」を「新陳代謝」と受け入れ、「ゆらぎ」と混乱の中から新しい調和の種を読み解いていくしかない。
もちろん、暴力や戦争による「ゆらぎ」は大反対だ。
人を殺す権利なんて、誰にもない。
「いのち」こそが最上位に置かれる価値観のはずだ。
2025年の大阪・関西万博が「いのち」をテーマにした祝祭だった。だからこそ、日本は「いのち」を中心にした社会に移行していく必要があることを、その大きな目標をもっと世界に掲げて発信していい立場だと思う。
「ゆらぎ」は、人為的に起こさなくても、すでにあらゆる場面で起きている。それは自然界のプロセス。
今は「自己組織化」を待ち続ける時期。境界やシステムが壊れる中で、より本質的な次元で、人が共感し、共鳴し、その胎動が起きていると感じている。
=============
目次
序論 科学への挑戦
第 I 部 普遍性の妄想
第一章 理性の勝利
1 新しいモーゼ
2 人間性を喪失した世界
3 ニュートンの総合
4 実験による対話
5 科学の根源にある神話
6 古典科学の限界
第二章 現実の確認
1 ニュートンの法則
2 運動と変化
3 力学の言葉
4 ラプラスの魔物
第三章 二つの文化
1 ディドロと生命論
2 カントの批判的承認
3 自然の哲学?——ヘーゲルとベルグソン
4 過程と実在——ホワイトヘッド
5 「イグノラムス、イグノラビムス」——実証主義者の一派
6 新しい世界
第 II 部 複雑性の科学
第四章 エネルギーと工業時代
1 熱——万有引力の対抗馬
2 エネルギー保存則
3 熱機関と時の矢
4 工学から宇宙論へ
5 エントロピーの誕生
6 ボルツマンの秩序原理
7 カルノーとダーウィン
第五章 熱力学の三段階
1 流束と力
2 線形熱力学
3 平衡から遠く離れて
4 化学的不安定性の閾値を越えて
5 分子生物学との遭遇
6 分岐と対称性の破れ
7 分岐のカスケードとカオスへの転移
8 ユークリッドからアリストテレスへ
第六章 ゆらぎを通しての秩序
1 ゆらぎと化学
2 ゆらぎと相関
3 ゆらぎの増幅
4 構造安定性
5 ロジスチック進化
6 進化的フィードバック
7 複雑性のモデル化
8 開かれた世界
第 III 部 存在から生成へ
第七章 時間の再発見
1 強調点の変化
2 普遍性の終焉
3 量子力学の興隆
4 ハイゼンベルクの不確定性関係
5 量子系の時間発展
6 非平衡宇宙
第八章 学説の衝突
1 確率と不可逆性
2 ボルツマンの突破口
3 ボルツマンの解釈を問う
4 力学と熱力学——二つの別の世界
5 ボルツマンと時の矢
第九章 不可逆性——エントロピー障壁
1 エントロピーと時の矢
2 対称性を破る過程としての不可逆性
3 古典的概念の限界
4 力学の刷新
5 乱雑性から不可逆性へ
6 エントロピー障壁
7 相関の力学
8 選択原理としてのエントロピー
9 活性ある物質
結論 地上から天上へ——自然の魅力の再来
1 開かれた科学
2 時間と時間たち
3 エントロピー障壁
4 進化のパラダイム
5 役者と見物人
6 荒れ狂う自然の中のつむじ風
7 トートロジーを越え
8 時間の創造の道
9 人間の条件
10 自然の復権
コメント