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高梨共同浴場@鹿教湯温泉

  • 5 日前
  • 読了時間: 3分

長野県の鹿教湯(かけゆ)温泉。

「町・高梨共同浴場(高梨共同浴場)」へ。


鹿教湯温泉は(なかなか「かけゆ」と読めない人が多い・・・)、約1200年前の開湯から現代に至るまで、一貫して「健康回復のための湯治場」としての歴史を歩んできた。


開湯は平安時代初期の約1200年前ころ。

奈良時代の高僧・行基が彫ったとされる文殊菩薩像を、弟子の円行がこの地に持ってきた時には、すでに温泉が湧き出ていたと伝えられている。この頃から、文殊菩薩の霊験あらたかな名湯として周囲に知られるようになっていた。


その後、江戸時代に入ると、すぐれた効能から屈指の湯治場として全盛期を迎える。

ここは松本に抜けるトンネルがなかった時代には本当に山奥深くの場所で、秘境であるがゆえの保養の要素が大きかったのかもしれない。もちろん、温泉のパワーもある。


戦後には「近代湯治」として、温泉の医学的効能をリハビリテーションにいち早く取り入れ、日本の温泉療養(リハビリ)の先駆けとなった。環境庁(現・環境省)から「国民保養温泉地」の指定も受けている。


その後、現代西洋医学では「温泉療養」に保険点数がつかないこともあり、本流の医学の地位としては低いものに追いやられてしまう憂き目にあってしまい、自分としてはまた医学の本流へ、予防医学や未病の中心としての湯治・温泉療養へ向かいたい、と思っています。そうした意味でも、鹿教湯温泉は重要な場所なのです。



鹿教湯(かけゆ)温泉の名前の「鹿が教えてくれた湯」という名前も素敵です。

お湯を教えてくれた鹿が、知恵を司る文殊菩薩の化身と考えられていたり、仏教や神道(もともとは神仏習合)ともかかわりがあり、日本人の精神性(スピリチュアリティ)とも温泉は深く関係があります。





鹿教湯(かけゆ)温泉は軽井沢から車で1時間ちょっとくらいで行けることもあり、よく行くのですが、今回はあえて地元の人しかいかない、温泉街の北東外れにある「町・高梨共同浴場(高梨共同浴場)」へ。


コンクリート造りのシンプルな外観がいわゆる「じもせん(地元専用風の浴場)」の風情を醸し出している。加水・加温・循環なしの源泉かけ流しで、無色透明で、かすかな硫黄臭と白い湯の花が特徴の非常に質の良い極上湯だった。

少し熱めに管理されていて、汗が噴き出して止まらなかった。

利用方法: 番台や管理人はおらず、入り口の料金箱に湯銭を直接投入して入る無人のスタイル。大人 200円也。



山深い地にある鹿教湯温泉は、ただブラブラと歩いているだけでも癒されます。今は鹿教湯温泉がある上田市と松本市を結ぶ三才山(みさやま)トンネルが無料化されたこともあり、鹿教湯温泉で止まらず松本に素通りしていくことが多くて、すごく残念・・。



医療者として、わたしも一隅を照らす程度でも、鹿教湯温泉の未来に、温泉医学の貢献したいと思っています。




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