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藤子・F・不二雄先生からの宿題(100%ドラえもん&フレンズ in 東京)

  • 1 日前
  • 読了時間: 3分

子どものバイオリン関係(スズキメソード)で東京に出たとき、有明に出かけたら、ちょうど東京ドリームパークがオープンの日で、そこでは「100%ドラえもん&フレンズ in 東京」がやっていた。

ただ、行けばすぐ見れる、というものではなく、無料エリアと有料エリアが複雑に絡み合い、しかも有料エリアは時間ふくめて事前予約制で、何も見れなかった。最近、よくあるパターン。事前予約制が増えると、なんとなく・ぶらぶら、ではうまくいかない。右脳よりも「予定、立案、計画、実行、任務完了」みたいな左脳回路が求められる。


ただ。

無料エリアに置いてあるドラえもんフィギュアや、エスパー魔美やパーマンだけでも十分に満足できた。




機械と人間との関係性は、日本では昔から漫画やアニメなどで取り上げられ、時間をかけて考えるべきテーマになっていた。


『ドラえもん』は人間の欲望に関する物語でもある。

困ったとき、のび太がドラえもんに助けを求めると、便利な道具が準備される。

困り事は簡単に解決するが、物語はここからだ。


あれもできる、これもできると欲望は膨らみ、スネ夫やジャイアンへの復讐も実現する。ドラえもんも危険だと警告するが、欲望は自制できない。暴走した欲望の果てに、のび太自身に災いが降りかかることで物語は唐突に終わる。人間は便利な道具を適切に扱えるのか。「火遊び」という言葉は、その原点かもしれない。


わたしは、善悪の基準は外部ではなく内部に育てるものだと思う。

善悪の基準を外に置くと、行きつく先はAIが善悪を決める社会になるだろう。そのAIの背後には人間が隠れている、ということも大事なことだ。


自分の中に物差しをつくること。それは突然できるものではない。

あらゆる外的事象を啓示として受け止めながら、体験を自分の内部へとぐっと手繰り寄せ、頭と体と心を総動員させて内部の物差しを育てていく。


インターネットや携帯端末の普及により、情報や知性だけではなく、倫理まで外部化されると、人間の内部は空洞化し荒廃する。空洞化された内部に、AIが居場所を見つけて巣をつくる。


AIに関する漠然とした不安は、人間の問題が鏡のように映し出されている。人間の倫理や精神性、そして霊性と呼ばれるもの。その言葉が指し示すものが分からなくなっている時代では、AIはウイルスのように内部に感染し、考えや行動までも支配するだろう。



偉大なクリエイターはあらゆる表現を駆使して、私たちに何十年もかけて、考える機会を与えてくれた。


今は、あまりにも大人の視点だけで社会が設計されていることが悲しい。未来は子どもたちが生きる世界なのに。

子どもと大人とが、同じ視点で心を育み生きて学び続けることが、未来への種となる。







りんかい線の「国際展示場駅」には手塚治虫のレリーフもあり、子ども心をくすぶってくれる。



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