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田沢温泉「有乳湯」はいのちを育む湯、暮らしを支える湯。

4 日前
読了時間: 4分

長野大学での講義帰りに、長野県青木村、田沢温泉の共同浴場「有乳湯(うちゆ)」へ立ち寄った。




山あいの坂道を上ると、木造旅館が並ぶ懐かしい温泉街が現れる。まるで時間の流れが変わったような、静かな場所。



田沢温泉は、修験道の開祖・役行者(役小角)が開いたと伝わる古湯。修験道とは、山に入り自然の力に触れながら心身を鍛え、いのちの根源と向き合う日本独自の修行文化でもある。



そして「有乳湯」という不思議な名前。

ここには、山姥が湯治をして金太郎を産んだという不思議な伝説が残る。古くから子宝の湯、母乳の出がよくなる湯として、女性たちに親しまれてきた。



この伝承には大切な知恵が宿っているように思う。

出産、授乳、育児。女性の身体が大きく変化する時期に、休息できる場所があること。

母親自身もまた、いたわられ、支えられる存在であること。

いのちを育む人もまた、誰かに育まれる必要がある。

そんな優しさが「有乳湯」という名前には込められている気がする。



そして、何よりお湯が素晴らしい。

ぬるい湯が、最高なのだ。


2025年の分析表では、源泉温度39.8℃、pH9.45(試験室測定)。泉質はアルカリ性単純硫黄温泉。

溶存物質量はわずか0.2104g/kg。強いアルカリ性と硫黄成分を併せ持ちながら、塩類濃度は低い。

硫化水素イオン8.5mg/kg、メタケイ酸45.5mg/kg。硫黄成分の化学的作用と、アルカリ性による独特の浴感が特徴だ。


この穏やかな温度帯にも惹かれる。熱すぎない湯は、急激な温熱負荷を避けながらゆっくり身体を温められる。

加水・加温なしの源泉かけ流しと紹介されているのも魅力だ!



身体を無理に変えるのではなく、身体が自ら整う時間を待つ。湯治とは、本来そういう営みなのだろう。


もう一つ感動したのが、近くに残る共同の「洗場」。掲示には、この洗場の湯は田沢共有組合の権利者のためのもので、一般の人は無断使用できないと書かれていた。

つまり、温泉は観光客のための入浴施設である以前に、地域の人々が共同で守り、暮らしに使ってきた生活の水でもある。

湯を分かち合うこと。使う権利を守ること。次の世代へ受け継ぐこと。

温泉とは、自然資源であると同時に、人々の関係性によって守られる共有財産なのだ。





さらに坂の上、見晴らしのよい場所には「温月庵薬師堂」があった。


案内板によれば、役行者の開湯に始まり、病を癒やす薬師如来の霊験を信じて、古くから参拝者が訪れたという。弘法大師が堂に籠もり、自作の像を安置したという伝承も残る。

薬師如来は、人々の病苦を救う仏。

日本の湯治文化では、温泉と薬師信仰、山岳信仰、神仏への祈りが深く結びついてきた。


身体を湯で癒やし、心を祈りで支え、自然のなかで生きる力を取り戻す。

医学と宗教が別々のものになる以前、人々は身体だけでなく、いのち全体を癒やそうとしていたのだろう。




田沢温泉は、沓掛温泉とともに国民保養温泉地に指定されている。


以前宿泊した「富士屋」も素晴らしい旅館だった。島崎藤村ゆかりの「ますや旅館」など、ほかの宿にもいつか泊まってみたい。

近くには「信州昆虫資料館」もある。温泉と昆虫、地球の水と小さないのち。青木村らしい豊かな組み合わせ。






この村は、東急グループの礎を築いた五島慶太の出身地でもあり、「義民の郷」としても知られる。江戸時代から明治初期にかけて、重い年貢などに苦しむ人々が立ち上がり、村の暮らしを守ろうとした歴史がある。

義民とは、自分だけでなく、共同体の人々のために行動した人たちのこと。


考えてみれば、義民の歴史も、共同の洗場も、有乳湯の伝承も、どこかでつながっている。

弱い立場の人を支えること。いのちを次の世代へつなぐこと。

温泉とは、ただ身体を温める水ではない。人が人を支え合うための、社会の温もりでもある。

湯に浸かり、薬師如来に手を合わせ、古い街並みを歩く。

神仏と温泉。自然と暮らし。身体と祈り。

それらが分かれることなく共存している風景に、日本の湯治文化の神髄がある。


湯に浸かることは、その土地のいのちと時間に浸かることだ。

田沢温泉のぬる湯は、生きる速度そのものを、優しく緩めてくれた。



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