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湯河原の美しい風景

  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

温泉研究の打ち合わせを兼ねて湯河原へ。


湯河原は川沿いに宿が立ち並び、川の流れは視覚だけではなく聴覚も嗅覚も皮膚感覚も癒してくれる。


川を境に神奈川と静岡の境界となり、神奈川の湯河原、静岡の熱海を橋を往復するたびに行き来する不思議。





宿は障子なので朝の光が早く入る。体内時計にスイッチが入り、早朝目覚めて、温泉に入り、川沿いを散歩する。天地自然を巡る気が人体の中に入り込んで交流しあい、気と気が出会うことで深い呼吸ができる。



湯河原の温泉♨️に連続10分入るだけで、全身から汗が吹き出して止まらない。


体が冬仕様から春・夏仕様へと切り替えるときに、しっかりと汗を出さないと内に気がこもってしまう。春・夏仕様の身体に移行させるためにも温泉は最適だ。冬でこもった気を発散させて自然界と交流を図る。



湯河原は都内から近いし、とても穏やかで静かな湯治町。



湯治宿かふね、に宿泊した。



大きな幸せも大事だけど、自然との交流、温泉での地球水との交流のような小さな幸せこそが、けっこう大事。




湯河原駅の到着も遅かったため、定期バスも終わっていた。タクシーもいない。 

宿まで30分は散歩だと思って歩く。歩くことを楽しむのか、イヤイヤしょうがなく歩くのか、心を体に対して向ける方向性が違うだけで、体に真逆のシグナルが送られてしまうから注意が必要。


自分は30-60分くらいは積極的に歩くようにしている。歩く時間が瞑想時間にもなるし、いいことばかりだ。


登山と同じで、歩き続けていると頭は自然に変性意識となり、ゾーンに入る。すると、体が勝手に歩き続けるようになる。頭はおまけで、体が主役となり、体が体自身の意思で歩く。


頭と体の主従関係が逆転するのも楽しめる。頭が主(メイン)、体が従(サブ)となることが多いからこそ、体が主(メイン)、頭が従(サブ)となる時間を楽しむ余裕を。


今年の岩手大学の入試にも使っていただいた「山のメディスン―弱さをゆるし、生きる力をつむぐ―」(ライフサイエンス出版)(2023年)という本にも書いた。


頭の独裁政治に疲れ果てている人は、身体の、身体による、身体のための民主制に時に移行する時間が必要だ。頭の独裁制から体や細胞の民主制へ。



・・・・

湯河原から奥湯河原へと歩く道は、旅人を癒すように道端に温泉が湧いている。地球の火と水の力で癒してくれるのも粋な計らい。




水は無意識へのゲートとなり、歩きながらY字路を発見し、横尾さんの異界へのイメージと接続する。





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