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湯気と光のなかに二百年の時間「ただ、熱い湯に、ずんぶり。」@山田温泉・大湯(高山村)

9月11日
読了時間: 5分

山田温泉「大湯」(長野県高山村)。

これまで数多くの共同浴場に入ってきたけれど、ここは間違いなく、私の好きな共同浴場の一つになった。





山田温泉は、松川渓谷へ向かう途中にある小さな温泉地だ。


小布施(この土地も素晴らしい)から松川に沿って山へ入っていくと、蕨温泉、子安温泉、山田温泉、さらに松川渓谷温泉、五色温泉、七味温泉、そして標高1500mを超える奥山田温泉へと続く。

わずかな距離で、湯の色も泉質も風景も変わる。まるで地球内部を、川に沿って遡っていくような温泉郷なのだ。



小布施町から山側へ車で20分ほどで山田温泉(高山村)があり、温泉街の中心に「大湯」がある。「中心に共同浴場がある」という町のつくりが、まずいい。


昔の温泉街では、湯は旅館の付属施設ではなかった。

人々が湯のまわりに集まり、宿ができ、店ができ、道が生まれ、町になった。

つまり、温泉が町をつくった。


・・・・・


大湯の中へ入る。

まず目を奪われるのが、木、木、木!

浴槽だけではない。床も壁も窓枠も木でつくられ、身体全体が木造建築の内部に包まれる。

昔ながらの板張りの洗い場と総ヒノキの湯船が風情漂う。

お湯を出すのも蛇口ではなく、木の樋(とい)だ!


さらに素晴らしいのが、天井。

高い!

そして上部には湯気を逃がすための空間がある。


熱い湯から立ちのぼった湯気が、ゆっくりと上へ昇っていく。

そこへ外から光が差し込む。

ほの暗い木造の浴室。

湯面から立ち上がる白い湯気。その湯気を斜めに切る一筋の光。

浴槽の中から眺めていると、光と湯気の建築に身体を置いている感覚になる。現代美術インスタレーションの最先端は湯治場にあった。



大湯には温度の異なる二つの浴槽がある。

ぬるめの湯(39度くらい?)に身体を沈め、慣れてきたら熱い湯へ(44度と42度?)。


源泉は高温の、含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。湯そのものにも力がある。

けれど、この場所の魅力は泉質分析表だけでは説明できない。木の感触。高い天井。湯気。そこへ差し込む光。それら全部を含めて「大湯」なのだ。





山田温泉・大湯の泉質分析表を、温泉療法医の視点から眺めてみる。


源泉は「元湯」と「わなば」の混合泉。

泉温67.1℃、pH7.14。

泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物泉で、溶存物質は4,490mg/kg。


特徴的なのは、単なる「食塩泉」ではないこと。

Na 1,024mg/kg、Ca 345mg/kg、Cl 1,854mg/kgに加えて、硫酸イオンも460mg/kg。さらにメタケイ酸159.8mg/kg、メタホウ酸222.9mg/kgを含む。いくつもの地質由来成分が重なった、複雑な湯だ。


塩化物泉は、一般に入浴後の皮膚からの水分蒸発を抑え、保温感が持続しやすいのが特徴。

一方、メタケイ酸などは「美肌成分」と紹介されることも多いが、含有量だけから美容効果を断定するのは医学的には慎重でありたい。


そして大湯で、泉質以上に興味深いのが「温度」だ。

木造の浴室には二つの浴槽があり、体感ではぬる湯が39~40℃ほど、あつ湯が43℃前後。

わずか数℃の違いだが、身体にとっては大きい。

ぬるめの湯は比較的穏やかな温熱刺激となる一方、43℃前後の熱い湯では交感神経刺激が強くなり、心拍数や循環器への負荷も増えやすい。だから、「熱いほど効く」わけではない。むしろ、ぬる湯で身体をほどく。あつ湯を短く味わう。湯から出て、休む。その変化を身体で感じることこそ、大湯の面白さかもしれない。


ちなみに分析表では総ヒ素2.757mg/kgも確認できる。これは浴用温泉として直ちに危険という意味ではないが、温泉は「ミネラル豊富だから飲めばよい」ものではない。飲泉は必ず許可・飲用基準を確認する必要がある。


温泉を「成分」だけで見ると、まだ半分。

塩化物、カルシウム、硫酸塩、ケイ酸……。そこへ温度、水圧、木の感触、硫黄の気配、湯気、高い天井から差し込む光が加わる。山田温泉・大湯。科学的に分析してみても、やはり奥深い湯だった。



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山田温泉には、もう一つ大切なものがある。

文化の香りだ。

江戸時代には小林一茶が訪れ、

「春風に 猿もおや子の 湯治哉」

と詠んだ。この句がとても好きだ。


人間だけが温泉で治療されるのではない。猿も親も子も、春風も山も湯も、同じ世界の中にいる。

「湯治」という言葉が、医学よりもずっと広い意味を持っていた時代の感覚が、この一句には残っている。



そして種田山頭火。

「つかれもなやみも あつい湯にずんぶり」

こちらはさらに身体的だ。


ただ「ずんぶり」。この言葉がすごい。


頭の中にあったものを、そのまま身体ごと湯へ沈める。

現代人は何かあると「考えて解決しよう」とするけれど、身体には身体の解決法がある。

歩く。眠る。食べる。そして、湯にずんぶり浸かる。

温泉とは、頭から身体へ戻るための装置でもあるのだと思う。



山田温泉は開湯から二百年以上。

森鴎外や与謝野晶子をはじめ、多くの文化人もこの地を訪れた。


大湯に入って感じるのは、「歴史が保存されている」ということとは少し違う。ここでは歴史が、まだ使われている。

木の浴槽に人が入り、湯が流れ、湯気が昇り、光が差し込む。

昨日も今日も、おそらく百年前も。

建物だけを保存するなら、それは文化財になる。


けれど、そこに今も人が裸になって入り、湯を浴び、身体を温めているから、大湯は文化財ではなく、生きている文化なのだ。


温泉は「成分」だけではない。建築があり、光があり、風景があり、文学があり、共同体があり、身体がある。

そのすべてが一つになったとき、初めて「湯」という場所が生まれる。




山田温泉・大湯。

ここには、温泉がまだ観光商品になる以前の「人が湯を中心に生きていた時代」の記憶が、湯気とともに残っている。


一茶の猿の親子のように、山頭火のように、考えることを少しやめて、ただ、熱い湯に「つかれもなやみも あつい湯にずんぶり」と入りましょう。



山田温泉・大湯

含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉(硫化水素型)(pH値: 7.3(中性))

〒382-0816 長野県上高井郡高山村奥山田3580


(写真はとれなかったので、KURAとじゃらんWebより)



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