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安曇野ちひろ公園 窓ぎわのトットちゃん トモエ学園

  • 7 日前
  • 読了時間: 3分

GWは安曇野ちひろ美術館へ。

ここは素晴らしい美術館だった。


美術館を公園が内包しているデザインは、川崎市岡本太郎美術館(生田緑地)にあることと同じで、人が作る美術空間よりも自然が作った自然空間をより大いなるものと位置付けている点が素敵。全体設計・建築は内藤廣さん。さすがだ。。。



安曇野ちひろ公園に入ると、背景には北アルプスの雄大な景色が広がり、それだけで感動する。


学生時代に、「北アルプス全山縦走」と言って、北アルプスの尾根沿いを日本海から上高地まで。10日くらいかけて歩いたのを昨日のように思い出す。あの頂上を全部歩いたんだなぁ、と。ほぼ前世の記憶。



美術館に入る前、安曇野ちひろ公園の無料で入れるエリアだけでも十分に楽しめる要素があり、半日はゆっくり過ごした。



トットちゃん広場も素敵だった。黒柳徹子さんの著書『窓ぎわのトットちゃん』に登場する「トモエ学園」の世界を再現している。





トモエ学園は東京の自由が丘にあった小学校。「電車の教室」という、実際の電車を利用した教室があったらしく、当時のままを再現しているのが素敵だった。「電車の図書室」でも子どもから大人まで物語の世界を体感できる。

徹子さんが通ったトモエ学園は、1937年に小林宗作先生によって創立。





「どんな子も、生まれたときには、いい性質を持っている」

という考えのもと、子どもの個性を尊重する自由な教育を行っていて、戦前にそうした確固とした教育方針を持っていたことはすごい。日本で初めてリトミック(音楽によるリズム教育)を導入した学校でもあった。


トモエ学園での障害を持つ子どもたちの考え方は、戦時中の日本の教育現場としては非常に先駆的だった。

「区別しない、排除しない」という徹底した共生精神に基づいていた。

校長の小林宗作先生は、「みんな一緒」であることを何よりも大切にした。


運動会などの行事では、障害のある子が自信を持てるようなルールとして、手足が不自由で走るのが遅い子が1等賞になれるよう、最後に小さな階段を登る種目を作るなど、誰もが輝ける場面を小林先生が意図的に設計していた。


トモエ学園には一人に一本「自分の木」があったが、小児麻痺だった泰明ちゃんは、一度も木に登ったことがなかった。トットちゃんは彼を自分の木に招待することを決心し、トットちゃんが「命がけ」で彼を木の上の世界へと迎え入れたエピソードも紹介されてていた。



小林先生の教育の根底には

「どんな子も、生まれたときには、いい性質を持っている。それが育つ過程で周囲の影響により損なわれてしまう」

という考えがあった。


障害の有無に関わらず、その子の内側にある「いい性質」を見つけ、伸ばすことに注力していたため、トモエ学園には「特別支援」という枠組み以前に、「一人の人間としての尊重」があった。


スズキ・メソード創始者である鈴木鎮一先生も、音楽を通じて子どもの「生きる力」を引き出そうとした教育者だが、鈴木鎮一先生も 「どの子も育つ、育て方ひとつ」、「音楽教育」ではなく「人間教育」、「親も一緒に学ぶ」ことなどを体現されていて、私たちもその教育理念に共感して子どもはバイオリンを続けている。



人間性を尊重する教育環境の中で育った子が大人になるのは数十年かかる壮大なプロジェクト。

公園や美術空間のような素敵な空間で、どういう人間が育ち巣立っていくかも、数十年かかる壮大なプロジェクトで、やはり人は環境から育つものだと思う。


トモエ学園や『窓ぎわのトットちゃん』の世界を改めて知るよき旅だった。



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