子安温泉 褐色の湯と裸で風に触れる時間。
山田温泉、七味温泉、松川渓谷、雷滝。
高山村で水と湯をたどる旅の中で、子安温泉を訪れた。
温泉は源泉かけ流し。療養泉として開湯以来多くの人々に愛され続ける名湯。レアなのは「含よう素泉」で、⾧野県でも子安温泉と長野市の川中島温泉テルメDOMEの2か所しかない。)

高山村の温泉郷を巡ると、近い場所にありながら湯の個性が驚くほど違う。
山田の透明な湯
七味の白濁した湯
そして子安の褐色
子安温泉は、含よう素-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。
七味で見た硫酸塩を主体とする湯とは、化学的な骨格も異なる。
今回見つけた2014年の分析書には、源泉温度35.9℃、pH6.8。そして、源泉の外観は「ほとんど無色透明」と記されていた。それなのに、浴槽では褐色になる。
この違いが面白い。
分析書には、鉄〈Ⅱ〉が8.2 mg/kg含まれている。地下では水に溶けていた鉄が、地上で空気に触れ、酸化して微細な沈殿になる。その変化が、湯の黄褐色や茶褐色を生んでいる可能性が高い。
透明な水が、地上で色を持つ。
松川で見た赤褐色の河床も思い出した。川と浴槽では条件が違うけれど、水に溶けていた成分が、環境との出会いによって姿を現すという点で、響き合う風景だった。

(写真は撮影不可だったので、Web Komachi から引用させていただきました)(https://www.web-komachi.com/?p=298735)
ヨウ化物は、同じ分析書で10.1 mg/kg。
「含よう素泉」に分類される特徴も確認できた。
ヨウ素は、代謝や熱産生を調節する甲状腺ホルモンの材料になる大切な元素。ただし、含よう素泉に入れば代謝が上がるという意味ではない。
温泉中のヨウ化物イオンはそれ自体では無色。消毒薬で見慣れた褐色とは異なり、この湯の色は「ヨードの色」ではなく、鉄分との反応。
2026年9月にリニューアルした子安温泉では、脱衣所に張り紙が全くなく、美意識が統一されていた。
目に入るものが整っていると、気持ちも静かになる。服を脱ぎながら、日常から持ち込んだ情報まで少しずつ手放していくようだった。


外には露天風呂がなかったが、代わりに休むための椅子があった。
これが、とてもよかった。
湯で温まった身体を、外の空気に預ける。外気浴。
風を皮膚で感じ、自然を眺めながら、熱がゆっくり逃げていくのを待つ。冷たさを我慢するのではなく、心地よいところまで身体を落ち着かせる。
外にも浴槽を置くのではなく、湯から出た身体のために場所をつくる。その引き算が豊かだった。

ふつう、裸で外を歩けば大騒ぎになる。けれど、お風呂の庭では、安心して裸のまま風や自然に触れられる。考えてみれば、これはなんとも贅沢なことだ。
服を脱ぐと、気温や風の動きがいつもより細やかに分かる。身体と環境の間で熱や感覚が行き来する。自分も自然の中にある一つの身体なのだと、皮膚を通して感じる。
湯に浸かる時間だけでなく、湯から出て風に触れる時間まで含めて温泉なのだと思った。
「子安」という名前にも惹かれた。
施設の案内によれば、近くに安産・子授け・子育ての神を祀る子安神社があり、「子宝の湯」として親しまれてきたという。
高山村の子安神社は、木花咲耶姫命を祀ると紹介されている。火を放った産屋で出産する神話を持ち、安産の神として信仰される女神だ。命の誕生を願う思いが、この土地で長く受け継がれてきたことを想像する。
新しい命が無事に生まれ、育ってほしいと願う場所の近くで、身体を温め、休ませる営みが続いてきたことには、心に届くものがある。
褐色の湯に浸かり、整った空間を通り、裸で風に触れる。
身体を何かへ急いで変えようとするのではなく、いまの身体が心地よく過ごせる場所をつくる。子安温泉では、その静かな配慮を感じた。
「子安」という名前から、子どもの無事を願う人々の思いに触れながら、大人の身体にも、こうして安らぐ時間が必要なのだと思った。

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