南方熊楠記念館 子産石・燕石考 可思議・不可思議
- 3 日前
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白浜の南方熊楠記念館にも立ち寄る。
岬がある番所山(ばんしょやま)公園の山の上に位置していて、植物力旺盛の森のような中にある記念館は、熊楠らしかった。


熊楠の緻密な文章とメモ書きは狂気を感じさせる力が溢れ、呪術とも言える不思議なパワーを放っていた。



「子産石(こうみいし)」や「燕石(えんせき)」の実物があったことにも感動。


熊楠は、石が子供を産む・石が成長するという世界各地の「生石伝説(いきいしでんせつ)」に強い関心を持っていた。
熊楠は科学雑誌『Nature』へ「真珠が子を産むこと」に関する論文を投稿するも掲載はならなかった(ただ、彼はNatureに51篇もの膨大な論文を掲載している)。


その後、熊楠は生涯をかけた大論文『燕石考(英文原題:The Origin of the Swallow-Stone Myth)』に取り組む。その中にも世界中の「石が石を産む」伝承や、石の内部に別の石が含まれている現象を博物学・民俗学の両面から網羅的に考察している。
(ちなみに、『燕石考』は和歌山・那智隠棲時代に完成させた大論文だが、当時は未刊に終わっている。)
西洋ではこうした石が「子孫繁栄」のイメージと結びつくのに対して、東洋では「呪物」や「薬効」として扱われる違いを比較している。
石の中に別の石を宿す姿を「母胎に子を宿す人間の姿」や「卵」に見立てる。それは人間のアナロジー(類推)思考やイマジネーションの働きであると分析している。熊楠は深層心理学やイメージ心理学なども横断した思考をしていた。
ちなみに、「子産石」伝承は、三浦半島(神奈川県横須賀市秋谷や葉山町周辺)に多い。丸い奇石が崖から抜け落ちるように現れることから「石が子を産む」とされ、安産や子授けの信仰対象となっている。自分も現地に見に行ったことがある(秋谷の「子産石バス停」前など)。
「燕石」とは、ヨーロッパの古い伝承に登場する「燕が海から運んで巣に隠すという不思議な石=(Swallow stone)」のこと。雛鳥の眼病を治す、女性が身につけると安産になる・・・、などの伝説があって、熊楠は『竹取物語』に登場する「燕の子安貝」と同じ起源で、世界に共通する伝説・物語であると指摘した。比較神話学・比較物語学と深層心理学を融合したと言えるかもしれない。
世界中で「燕石」や「子産石」のような石に安産や治癒の力が信じられる理由を、人間が持つ「見た目の類似から意味を連想するパターン(=アナロジー思考)」から解き明かした。メタファーや比喩などととも関連するだろう。この辺りは中沢新一さんが『森のバロック』や『熊楠の星の時間』で書いていたと思う。
この『燕石考』を書き上げた後に、熊楠は真言宗の僧侶・土宜法龍に宛てた手紙の中で、「南方マンダラ」の図を描いた。

『燕石考』で世界中の複雑な因果関係を整理し尽くした中で、「宇宙の森羅万象の因果が互いにつながり合っている」という世界観(南方マンダラ)を結実させるきっかけとなったのだろう。
目に見える単純な原因だけでなく、無数の「因果の糸」が網の目のように絡み合って起きている。
・物(物界):科学や物理学で証明できる、目に見える物質の世界。
・心(心界):人間の心理や感情、意識の世界。
・事(事界):物と心が交わることで生まれる「出来事」や「現象」の世界。

西洋科学が『物(物質)』だけで世界を説明しようとしている(=唯物論)ことを批判して、実際の世界は、物質の法則に人間の「心」の動きが複雑に絡み合うことで、無数の「事(出来事)」が起きていると主張した。そして、無数の因果の線が1点に集中して交わっている場所を「萃点(すいてん)」と呼んだ。
私は、人と人とが出会うこと、それは良縁であっても悪縁であっても、この「萃点(すいてん)」のような事象であるとも思う。だから、出会いには自分の人生の固有性を考えるときに何かしらの意味があり、そこから何かしらの真実の一端を学びとる必要があると思う。
そして、熊楠は、世界を「知ることができる領域」と「人間には絶対に知り得ない領域」に分けた。
「可思議(かしぎ)」は、科学や人間の知性で説明できる領域(物や心の一部)で、「不可思議(ふかしぎ)」は、どれだけ科学が発展しても、人間には決して到達できない宇宙の根源的な真理のこと。熊楠はこれを宗教的な神仏としてではなく、「宇宙の究極のダイナミズム(生命の根源)」として捉えていた。
「石が子を産む」謎を追いかけた熊楠は、『燕石考』で思考を極限まで深めていく中で、人間が物(石)を見て、心(安産への願い)を動かし、民俗伝承(事)を生み出すプロセスを徹底的に分析したからこそ、ある真理に到達したのだろう。
旅をしてどこかに足を運ぶこと、何かに出会うこと、人と人との出会い、心と心の出会い、事と事との出会い・・・そうしたすべてこそが「世界のあらゆる現象は単一の法則では縛れない。すべては蜘蛛の巣のように繋がり合っている」という事実そのものではないかと思う。
熊楠は静かに真理を探究して、孤高に生きて死んだ一人なのだ。








公益財団法人 南方熊楠記念館
和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1
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