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中津 福澤記念館 そして 耶馬渓

  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

別府からすこし足を延ばして中津へ。

中津は、福沢諭吉先生の故郷。


福沢諭吉先生は、1835年(天保5年)に大阪の中津藩蔵屋敷で生まれましたが、1歳6ヶ月で父を亡くし、実家である大分県中津市に戻ります。その後、1854年(安政元年)に19歳で長崎へ遊学するまでの少年・青年期を中津で過ごしています。


その後、大阪の適塾→江戸での蘭学塾を経て、1868年(慶応4年)に慶應義塾と名づけ、小さな「私塾」が、現在の慶應義塾にまで発展。


1835年~1901年、66歳で亡くなられているが、人生の前半33年が江戸時代で、人生後半33年が明治時代なので、江戸と明治をまたいだ方でもある。


独立自尊などふくめ、日本文化と西洋文化をなめらかに接続させ、行き場のなかった熊本の医学者、北里柴三郎の才能を見抜き、慶応大学医学部長に招いたり、北里大学設立を手伝ったりと、諭吉先生の活躍は枚挙にいとまがなく。

自分も不思議な縁で慶応大学のお世話になっている身分で、諭吉先生の生まれ故郷までやってくると、色々なインスピレーション受け取ることができた。



福澤諭吉旧居·福澤記念館

〒871-0088 大分県中津市留守居町586






能楽でもそうだけど「場所」に色々なものが宿っている。

やはりその「場所」に行ってみないと分からないこと、感じられないことがたくさんあり、このことは社会がデジタル化されようとも、永遠に変わらない真理だと思う。



「諭吉カルタ」もここで初めて見た。絵もかわいく、思わず買ってしまった。




福沢諭吉先生による、日本初のナショナルトラスト(自費で自然を守った)と知られている耶馬渓。






その耶馬渓の森を守る活動をしながら、その一環でアロマを製造されているアロマブランド「六月八日(ろくがつようか)」、久恒山林さんを訪問させていただいた。

中津の古民家を守りながら、耶馬渓の森を守りながら活動されている。その地道な素晴らしい活動と、おもてなしに感動でした。ありがとうございました。





耶馬渓を、今後もっと深堀りしていきたい。またゆっくり時間を作って訪れます。


ちなみに。

菊池寛の小説『恩讐の彼方に』は、大分県中津市にある耶馬渓の「青の洞門」を舞台にした名作。


耶馬渓は不思議な磁場ある場です。亡くなった父方の祖母が、晩年に、「耶馬渓に行きたい」と、よく語っていたのをなぜか思い出します。



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