あなたが安心していられる場所をともに。東田直樹『自閉症の僕の子ども時代 だから毎日、幼稚園に通えた』
東田直樹『自閉症の僕の子ども時代 だから毎日、幼稚園に通えた』(2025、世界文化社)を読んだ。

話すことや集団行動が難しかった東田さんが、幼稚園時代を自分の内側から振り返る。先生、友だち、両親との時間。花や虫、水や砂、季節の移ろい。短いエッセイと挿絵のなかに、一人の子どもが生きていた世界がよみがえる。
モンシロチョウの羽ばたき。指の間からこぼれる砂。水しぶきに現れる小さな虹。ブランコで近づく夏の空。
落ち着きなく動く姿だけでは、その子が何に心を奪われているのかわからない。
東田さんの文章を読むと、そこには驚きや喜び、身体いっぱいに世界を受け取る時間があったことに気づく。
先生たちは、その世界に近づこうとしていた。
蝶に夢中になっているとき、同じものを見てくれる。砂の感触を一緒に楽しむ。描いた絵を理解し、友だちにも伝えてくれる。子どもの関心を手がかりに、人とのつながりをつくっていた。
表題の「だから毎日、幼稚園に通えた」も、そんな関わりの積み重ねから生まれている。


登園し、靴を替え、先生に挨拶する。毎日の流れがわかりやすいことは、安心につながった。先生は名前を呼び、少しでもできたことを褒め、本人のペースを支えてくれた。
返事ができない時間にも、うれしさや親しみは育っていた。その場では言葉にできなかった経験を、大人になった東田さんが、いま伝えてくれている。
発表会で舞台の位置へ戻れなくなったときには、先生が連れていき、友だちが手をつないでくれる。かけっこで走り出せないときには、先生が手をたたいて呼ぶ。途中からスキップになっても、ゴールで迎えてくれる。
みんなと同じ形でできない場面にも、一緒に過ごせる方法があった。その子の難しさに合わせて関わりを変えることで、集団の一員でいられる時間が生まれていた。
じゃんけんでいつも「パー」を出す話も印象深い。東田さんは仕組みを知っていたが、タイミングよく違う手の形を出すことが難しかった。理解と実行の間には距離がある。行動だけで、理解していないと決めつけると、本人の困難を見失う。

後半には、保育者13名からの相談への回答がある。
私がそこから受け取ったのは、本人の安心と主体性を中心に関わるという視点だ。
・反応が乏しくても、好意を伝える。
・言葉や表情が届いていないと決めず、その子を大切に思う気持ちを伝え続ける。
・小さなやり取りから始める。
・複雑な会話を急がず、簡単な言葉の往復からその子の希望や困りごとを知っていく。
・繰り返す遊びにも、本人の心地よさがある。
・大人には単調に見える時間が、休息や安心の時間かもしれない。
・表現の方法を一つに固定しない。絵カードなども、本人に合うかを確かめながら使う。その子が伝えやすい方法を探す。
・落ち着けない本人自身も困っていると捉える。
・気持ちを切り替える「魔法の言葉」を探すより、いま何がつらいのかに目を向ける。
・教える時間も、関係を育てる時間にする。
・課題の達成とともに、人と一緒に取り組む楽しさを大切にする。
これらは東田さん自身の経験からの言葉だ。一人ひとりの違いを尊重しながら、目の前の子どもを知る手がかりとして受け取りたい。
そして、表題を、すべての子どもや家族の目標にしないことも大切だと思う。
通うことが難しい子どもがいる。園や学校に向かうと、心や身体が苦しくなる日もある。家族が疲れ切ってしまうこともあるだろう。
「毎日通えた」という経験を読んで、自分の子どもや、自分の関わりを責める必要はない。
学びたいのは、何がその子の安心を支え、どんな関わりが喜びにつながったのかということだ。
家でゆっくり過ごす時間。短い時間だけ訪ねられる場所。好きな遊びを楽しめる相手。静かに休める部屋。その子が安心していられる場所や過ごし方を、本人とともに探していけたらと思う。
家族だけで担わなくてよい。先生、友だち、支援者、地域の人。子どもを喜んで迎える人が増えることは、家族が息をつける余地にもつながる。
東田さんは、幼稚園で楽しかった経験が、人の優しさを知るきっかけになったと振り返る。
子ども時代の記憶には、「何ができたか」とともに、「誰がそばにいてくれたか」が残るのだろう。
今は言葉で確かめられなくても、今日の小さな喜びや安心が、その子の心に残っているかもしれない。
あなたがここにいることを、うれしく思う。
困ったときには、一緒に考える人がいる。
そう感じられる場所を、子どもにも、家族にも増やしていきたい。
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