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『フリーダ ~愛と痛みを生きた肖像~』フリーダは自分の人生を自分の手で描く。

2 日前
読了時間: 4分

カルラ・グティエレス監督のドキュメンタリー『フリーダ ~愛と痛みを生きた肖像~』を観た。


フリーダ・カーロの絵が好きだ。

武蔵野大学ウェルビーイング学部の「ウェルビーイングアート特論」の講義を担当した。健康と芸術、医療と芸術との関りを語るアーティストの一人でフリーダ・カーロを扱った。

彼女のオリジナル映画がAmazonPrimeで観れたのは驚きだった。




写真、絵、日記、手紙が重なり、すでに知っているつもりだった画家が、初めて自分の声で語り始めるように感じられた。



フリーダ・カーロは幼い頃にポリオを患い、18歳のときにはバスと路面電車の衝突事故で重傷を負った。その後も何度も手術を受け、装具をつけ、長い時間を痛みとともに生きた。事故は一度の出来事として終わらず、身体の動き方や、これから生きる時間のすべてに影響し続けたのだと思う。



《壊れた円柱》では、裂けた身体の中に折れた柱が立ち、全身に釘が刺さる。

医学なら痛みの場所や強さを尋ねる。けれども、あの絵が見せるのは、痛みを抱えた身体で世界を生きるとはどういうことか、という経験そのものだ。


映画を観て、その絵を生んだ人の怒りやユーモア、愛情、生活への意志が、いっそう鮮やかに見えてきた。

映画の中で、彼女は自画像を「私の感情の真の表現」と語る。

また、「私は描く必要があるから描く」とも言う。




絵を描くことは、苦痛を美しい作品へ変えるための技巧だけではなかった。


誰にも代わって生きてもらえない自分の身体と人生を、自分で引き受け、自分の形で外へ差し出す行為だったのだと思う。



とりわけ心を動かされたのは、夫ディエゴ・リベラとの関係だった。


当時すでに名声を得ていた夫の傍らで、彼女の仕事はその影に隠れがちだった。深く愛し、傷つき、別れ、再び結ばれる。その複雑な関係を生きながら、彼女は画家として、また一人の女性として、自分の足で立とうとする。



「絵で生計を立てたい。そうすれば自由になれる」。映画に現れるこの言葉には、切実な現実感がある。



自由とは、心の中だけで宣言すれば手に入るものではない。自分の仕事で収入を得ること、自分で選べる場所を持つことが、その土台になる。「もうディエゴから一銭も受け取らない」という彼女の強い言葉も、愛を否定するためではなく、愛する相手に人生の主導権まで預けないための言葉として響いた。



私がフリーダ・カーロの自画像から読み取ったのは、痛みに見られる人から、痛みを描く人への転換だった。




この映画は、そこにもう一つの転換を見せてくれる。「ディエゴの妻」として語られる人が、自分の声で自分を語る人になることだ。


フリーダは傷つかない強い女性だったわけではない。揺れながら、それでも絵筆を手放さず、自分を繰り返し描いた。その自立の姿に、私は感動した。


晩年、右脚を失った彼女は日記に「足なんて何のためにいるの。私には飛ぶための翼がある」と記したという。


この言葉を、痛みを乗り越えたという明るい標語にはしたくない。

失ったものは現実に失われている。それでも、身体の可能性を誰かに決め尽くされたくないという、彼女の想像力と反骨心を感じる。

彼女はまた、失ったものの多い人生を振り返りながら、「絵画が私の人生を満たした」と語る。



そして最晩年の絵には「Viva la Vida――人生万歳」と書き残した。


痛みが消えたから人生を肯定したのではない。

痛みも、愛も、失望も、仕事も、自分の人生から追い出さずに描き続けた。

その声を聴いたあとでは、フリーダの自画像の視線を、以前よりもまっすぐ見返したくなる。


フリーダの自画像を見ていると、自分の魂まで射抜かれるようだ。




2003年のBunkamuraザ・ミュージアムの「フリーダ・カーロとその時代 メキシコの女性シュルレアリストたち」展は素晴らしかった。国家試験直前だったので鮮明に覚えている。ただ、日本国内でフリーダ・カーロの絵画作品のみの個展は、これまで開催されたことがない。ぜひともいつか実現させていただきたい。


あらゆる「痛み」が伴う現代に、フリーダ・カーロの作品は深く刺さるものになるはずだから。



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