top of page

「私もまた、チッソだった」――緒方正人さんが問い続けている〈いのち〉のこと

9月12日
読了時間: 7分

今日、2026年9月12日の朝日新聞を開いて、緒方正人さんのインタビューに目が止まった。


大きく書かれていた。「死んだ父の仇討ち 行政と闘ったが 水俣病の本質とは」

そして、もう一つ。「逃れ難い経済の檻 悪の因子 自分にも 考え続ける責任」




緒方正人さんの思想に触れるたび、私は思う。

この人のすごさは、「水俣病について深く考えた」というだけではない。

考えるという行為そのものを、途中で反転させてしまったことにある。



父を水俣病で亡くし、自らも患者となった緒方さんにとって、チッソは文字通り「父の仇」だった。だから闘った。チッソを問い、行政を問い、国家を問うた。


ところが問い続けているうちに、奇妙なことが起こる。

「責任者は誰なのか」と追いかけても、その最後に、責任を引き受ける一人の人間がいない。あるのは会社であり、行政であり、国家であり、制度であり、システムだった。


緒方さんは、その経験について『チッソは私であった』で、責任主体としての人間がどこにも見つからなかったこと、そしてその問いがついには「私という存在」そのものの根拠を揺さぶったと記している。


ここが、緒方正人という人の途方もないところだと思う。




普通なら、「チッソが悪い」「行政が悪い」「国家が悪い」と、問題の所在を外側に確定する。もちろん、その責任は厳然としてある。しかし緒方さんは、そこで止まらなかった。

では、そのチッソを生み出した社会とは何なのか。そして、その社会を生きている、「私は何者なのか。」

問いの矢印が、180度こちらを向いてしまった。


そこで生まれた言葉が、「チッソは私であった」だった。


これは決して、加害者と被害者の責任を曖昧にする言葉ではない。むしろ、もっと恐ろしい問いだ。もし自分がチッソの社員だったなら。もし行政官だったなら。私は、本当に違う選択ができただろうか。

「悪」を他者の中だけに置いて、自分をその外側に置くことができるのだろうか。

ここでは、主客が転倒している。

自然を破壊する「彼ら」と、それを批判する「私」。その構図自体が崩れていく。



そして、この問いは水俣だけのものではない。むしろ2026年を生きる私たちのほうが、はるかに巨大な「チッソ」の中にいるのではないかと思う。スマートフォン、AI、レアメタル・・・。一つの商品が自分の手元に届くまでに、どこの鉱山が掘られ、どこの森が失われ、どれほどの水が使われ、誰が働き、何が海へ流れ、どれだけのCO₂が排出され、最後に何が廃棄されるのか。私たちには、もはや全貌が見えない。


だから自然破壊がなくなったのではない。あまりにも巨大になり、複雑になり、遠くなったために、見えなくなっただけだ。


水俣では、一つの工場と一つの海との関係が、恐ろしいほど鮮明に見えた。現代では、その工場が地球全体に広がってしまった。そして私たちは、その巨大なシステムの「被害者」であると同時に、消費を通してそれを動かしている「参加者」でもある。

だから、「チッソは私であった」という言葉は、過去形でありながら、奇妙なほど現在形なのだ。



そして、緒方さんの思想は、さらに深いところへ行く。

それは、「そもそも〈いのち〉は誰のものなのか」という問いである。


緒方さんは、いのちは「自分の所有物」ではないと語っている。そして、こんな詩を書いている。


「いのちは のちのいのちへ のちのちのいのちへと かけられた願いのはたらきに 生かさるる」

私はこの言葉がずっと好きだった。


そして2020年に自分の医療についての本を出したとき、この詩から言葉をいただいて、『いのちは のちの いのちへ――新しい医療のかたち』(アノニマ・スタジオ)という題名をつけた。



いま改めて緒方さんの記事を読みながら、なぜ私はこの言葉にそれほど惹かれたのかを考えている。

おそらくそれは、「私が生きている」という生命観から、「いのちに私が生かされている」という生命観への反転が、この短い詩の中にあるからだ。



近代社会では、主体は「私」である。私が考える。

私が所有する。私が生命を守る。

しかし緒方さんは、その主語そのものを疑っている。

本当に、「私」が生命を所有しているのだろうか。私たちは自分で心臓を動かしているわけではない。眠っている間も心臓は動く。細胞は入れ替わるし、腸内には無数の微生物がいる。そして私の身体をつくる物質は、かつて海や山や植物や別の生命だった。


そう考えると、「私が生命を生きている」というより、「生命という巨大な運動が、一時的に「私」という形をとっている」と考えたほうが近い。


緒方さん自身、いのちは所有するものではなく「運動性そのもの」なのだ、と語っている。

だから、「いのちは、のちのいのちへ」。

私で完結しない。


生まれる以前から受け取ってきたものを、私という一つの場所を通して、まだ会ったこともない生命へ渡していく。

そこでは生と死さえ、完全な断絶ではなくなる。


「私」は終わるが、「いのち」は続く。



そう考えると、水俣病とは、単なる「環境汚染」ではなかったのだと思う。

それは、「いのちを「物」として扱った文明の病」だったのだと思う。

海や魚を資源として見る。人間を労働力として、人材(材料)として見る。生命も所有物として見る。そして経済的価値へ換算できるものだけを「価値」と呼ぶ。


けれど海は、単なる資源ではなく、魚も、猫も、鳥も、人間も、それぞれ独立して存在していたわけではない。水銀が移動していった経路は、皮肉にも、生命が本来、一つの大きな循環としてつながっていることを可視化した。

水俣病は、「自然」と「人間」を分けることなど本当はできない、と身体を通して示した事件でもあった。



だから緒方正人さんの思想は、「環境思想」という枠にも収まりきらない。

もっと根源的な、〈主体〉についての思想なのだと思う。

誰が自然を守るのか。誰が生命を所有するのか。誰が責任を取るのか。その問いを突き詰めていくと、

最後には、「では、その〈私〉とは何なのか」というところへ戻ってくる。

そしてその「私」もまた、海から切り離されてはいない。社会からも、過去からも、未来からも切り離されてはいない。




私は医師として長く、人の身体を診てきた。医学ではどうしても、「医師が患者を治療する」という主語と目的語になりやすい。

しかし生命を見つめ続けていると、本当にそうなのだろうかと思う。

医師が生命を治しているのではない。

「生命が治ろうとしている場に、医療者もまた参加している。」という感覚が近い。

人間が自然を治すのでもない。「自然という大きな生命の運動の中に、人間もまた参加している。」が実相ではないだろうか。


そう考えると、「治療」も「環境保護」も「ケア」も、少し違って見えてくる。

主体が人間だけではなくなるからだ。



「いのちは のちの いのちへ。」


この言葉を私は、自分の本の題名として六年前にお借りした。これは美しい生命賛歌というだけではなく、

かなり厳しい言葉なのだ。なぜなら、いま生きている世界は、私たちだけのものではないと言っているからだ。


海、森、水、土・・・地球の構成物質。私たちが使い切ってよいものではなく、「のちのいのち」から一時的に預かっているものでもある。

そう考えた瞬間、「自然をどう守るか」という問いさえ反転する。自然を守る「私」がいるのではない。自然の長い時間の中に、一瞬だけ「私」がいる。



緒方正人さんの思想がすごいのは、答えを与えてくれるからではない。問いを突き詰め、問いの向きを反転させ、ついには、問いを発している自分自身まで、問いの中へ投げ入れてしまう。


「誰が悪いのか」から「私は何者なのか」へ。「生命をどう守るか」から「生命とは誰のものなのか」へ。

そして、「私がどう生きるか」から「私を通して、いのちはどこへ行こうとしているのか」へ。



今日の新聞にあった、

「考え続ける責任」

という言葉を、私はそんなふうに受け取った。


水俣を過去にしないということは、答えを記憶することではない。

問いを、生き続けることなのだ。


いのちは、私で終わらない。

いのちは のちの いのちへ。


その言葉を緒方正人さんからいただいて本の題名にしたことの意味を、今日、もう一度深く考えている。



コメント


© All right reserved TOSHIRO INABA

bottom of page