「湯船(ゆぶね)」「湯(ゆ)」「風呂(ふろ)」
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お風呂の浴槽のことを「湯船(ゆぶね)」と呼ぶのは、江戸時代に川を巡回していた「お風呂の船」が語源と言われている。
船の上に浴槽がある水上の移動式銭湯。
有明を歩いていたらそのレリーフを偶然に見つけた。見て!見て~!とあちらからの声が聞こえてきた。

船が川を巡回し、客が呼び止めて乗り込む、キッチンカーのようなスタイルだった。
江戸時代の入浴料金は大人は約100円~300円程度くらいで(そば一杯の半分程度)、1ヶ月使い放題のサブスクリプション「羽書(はがき)」という定額パスも存在していたのだから、今も昔も考えることは同じ。
江戸の人は、土の埃が舞う暮らしの中でさっぱりするため、朝晩2回お風呂に入る風呂好きだった。だからこそ風呂や銭湯が大切にされていた。
銭湯は「裸になれば身分の差はない」平等な場所(人類皆兄弟)でもあり、相手を思いやる「譲り合い」「慮(おもんぱか)る心」を育てる場としても機能していた。つまり倫理や道徳教育の場でもあった。
ちなみに、銭湯の二階は、落語(寄席)のルーツの一つとも言われている(諸説ある)。
話の面白い人が「すべらない話」(滑稽話)を披露し、それが評判を呼んでプロの落語家が登場する場にもなった。現在でも落語の演目に銭湯を舞台にしたものが多く残る(『浮世風呂』など)。

(この写真は、中野にある天神湯という素敵な銭湯。二階はありませんが・・・)
<参考>
●June 20, 2025:温泉が“こころ”に効く理由とは? 中野温泉天神湯 記念イベントレポート(by.おふろ部)
●June 6, 2025:中野温泉 天神湯
●June 1, 2025:6/6(Fri):中野温泉天神湯記念イベント『温泉と銭湯が開く、これからの社会と医療のかたち』
「湯船」は江戸時代に生まれた言葉。
「風呂」という言葉はもっと古い時代にさかのぼる。
昔の風呂は、今のような「お湯に浸かる」スタイルではなく、蒸気で体を温める「蒸し風呂(サウナ形式)」だった。
岩穴や土室(つちむろ)の中で枝や葉を焚き、その熱気や蒸気を利用して入る。
(ちなみに、香川県さぬき市には古代サウナ「から風呂」が今も残っている。約1300年前(奈良時代)に行基が病気を治すために造った場所。私も入りに行きました。)
「室(むろ)」という言葉が「ふむろ」となり、転じて「ふろ」になったと言われている。
蒸し風呂の中で「熱風」を送るから、「風」(かぜ)の「呂」(こもる場所)で、「風呂(ふろ)」という漢字を当てた。
そういう経緯もあり、
・「お湯に浸かる」=「湯(ゆ)」
・蒸し風呂=「風呂(ふろ)」
と呼び分けていたのですが、
江戸時代に「湯(ゆ)」と「風呂(ふろ)」が合体した「銭湯」が普及したことで、すべて「お風呂」と呼ぶようになりました。
現代版「湯船(ゆぶね)」を復活して、世界中の人が平和な心をはぐくむ場所をつくりたい。
日本の温泉、銭湯文化は、世界に誇るウェルビーイング空間。どなたか一緒にやりませんか?





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