CACL(カクル)@石川県能美市(代表:奥山純一)
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石川県能美市のCACL(カクル)(代表:奥山 純一)を訪ねました。
CACLとの出会いのきっかけは、金沢21世紀美術館で展示したプロジェクト(令和6年能登半島地震 復興支援プロジェクト「Rediscover project」)

●【Web Media】2024/12/3:1900-2100:金沢21世紀美術館「すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」展を巡ろう(ニコニコ美術館):出演者〇長谷川祐子(館長)、〇本橋仁(本展キュレーター)。〇池田あゆみ(本展キュレーター)、〇稲葉俊郎(医師、医学博士、作家)(Web)(cf.「すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」:2024年11月2日(土) - 2025年3月16日(日)@金沢21世紀美術館)
2024年の能登半島地震のあと、能登には数え切れないほどの「かけら」が生まれました。
九谷焼、輪島塗、珠洲焼、能登瓦……。
けれど、それらは単なる「壊れたもの」ではありません。
一片のかけらの中には、土を掘った人、木を育てた人、漆を採った人、火を見守った人がいる。何百年も受け継がれてきた土地の時間と、人の手の記憶が折り重なっています。
CACLでは、そうした震災で生まれた「かけら」を集め、新しい形へと生まれ変わらせています。
瓦が建材になり、白磁のかけらが、床や壁、家具へと生まれ変わる。


興味深いのは、必ずしも「元に戻す」ことを目指していないことです。
壊れる前の姿を取り戻すのではなく、壊れたことを引き受けながら、そこからまだ見たことのない役割を見つけていく。
それは「修復」というより、むしろ「未来の編集」なのだと思いました。




そして、とても不思議なことがあります。
CACLのある能美市には、能美古墳群があります。
そこでも、土の中から発掘された千年以上前の土器の破片を、一片ずつ拾い集め、つなぎ合わせる作業が行われています。
一方では古代の土器をつなぎ、もう一方では震災で砕けた現代の工芸をつなぐ。
千年以上の時間を隔てながら、同じ土地で、人の手がよく似た仕事をしている。


土地には、記憶があるのかもしれません。
そして人は、知らず知らずのうちに、その記憶を受け継いでいるのかもしれない。
CACLを訪ねて強く感じたのは、「壊れること」は、必ずしも終わることではない、ということでした。
壊れたからこそ生まれる出会いがあり、失われたからこそ見つかる役割がある。かけらは過去の残骸ではなく、まだ姿を現していない未来の種。
「かけらは、未来を知っている。」
そんなことを考えた、能美での暑い一日でした。
CACLを訪ねて、もう一つ強く心に残ったことがあります。
それは、ここでつながれているのは「器」だけではない、ということでした。
CACLには、伝統工芸の職人がいて、障害のある人たちがいて、企業や建築家、さまざまなつくり手が関わっています。
そこには、「支援する人」と「支援される人」という単純な境界がありません。
誰もが、誰かを必要としている。
その関係の中から、仕事が生まれているのです。
CACLの障害福祉事業は、「工芸と福祉の融合」を軸に障がいのある方々が自分らしく社会とつながり、経済的に自立できる仕組み作りを追求しています。
就労継続支援事業所「CACL Factory」では、体調に合わせながら、ものづくりや企業連携を通じた実践的な就労訓練を提供しています。地元の窯元と連携し、伝統工芸(九谷焼)の器への転写シート貼り作業など。丁寧な手仕事が、美しい工芸プロダクトを支えています。
プロダクトの付加価値を高めることで、就労継続支援B型事業としては高水準の工賃の実現を目指し、経済的自立を後押ししています。
また、能美市の小松マテーレ株式会社の構内に、業務スペース「CACLジョブスクエア」を開設しているのも素晴らしかったです。直接職場に行く勤務スタイル。
代表の奥山純一氏は、過去にも長年障害福祉事業に携わってきた専門家です。
「規格外品として廃棄されてしまう陶磁器片」を見たときに、「社会から切り離されてしまう障害のある人の状況」と重なったことが、伝統工芸と福祉を掛け合わせる出発点となりました。
美術館に並ぶ美しい作品の裏側には、このように障がいを持つ方々が職人と並んで誇りを持って関わり、生き生きと命を燃やせる場所がしっかりと根を張っています。



私は医師として、その風景をとても興味深く見ていました。
医療の現場では、「病気が治ったら社会へ戻る」と考えがちです。でも実際には、逆のこともあります。
人は、誰かに必要とされることで回復する。仕事を持つことで回復する。自分の手が社会のどこかにつながっていると感じることで、眠っていた生命力を取り戻していく。
考えてみれば、生命そのものが「つながり」によって成り立っています。
森も一本の木だけでは森になりません。
木があり、草があり、菌類があり、虫がいて、水が流れ、土がある。
そこには「役に立つ生命」と「役に立たない生命」という区別はありません。
互いを生かし合う関係そのものが、森なのだと思います。
人間社会も、本来はそうなのではないでしょうか。
だから、医療は「治す」、福祉は「支える」、工芸は「つくる」と、きれいに分ける必要はないのかもしれません。
その三つの根底には、「人と人、人と社会、人と時間を、もう一度つなぎ直すこと」という共通した営みがあります。
CACLが拾い集めているのは、器のかけらだけではありません。
私たちが社会の中で、いつの間にか見失ってしまった「つながり」のかけらでもあるのだと思いました。
工芸が福祉につながり、福祉が仕事につながり、仕事が産業につながり、産業が地域や文化を育て、文化がまた、人を癒やしていく。
そこにあるのは、一本の線ではなく、いのちの循環です。
人は、一人で強くなることで回復するのではない。
誰かを支え、誰かに支えられ、自分の役割を見つけながら、もう一度世界とのつながりを取り戻していく。
CACLの工房で見たものは、私にとって、そんな新しい「治癒」の風景でもありました。







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