俵山温泉
旅の話の最後。
山口の俵山温泉。
湯治場として東の肘折(山形)、西の俵山(山口)と言われるほど(by.松田忠徳先生)。体を治療する場としての俵山温泉の名は、温泉好きには有名。
俵山も、時が止まったような美しい街並み。
私は、湯治場を巡りながら、時の流れを逆行しているような感覚に陥る。
急速な時代の変化の中で取り残されたもの、零れ落ちたもの。そうしたものを丁寧に掬い取るために。





俵山ビレッジを主宰されている吉武大輔さんが、私の著作を読んでメールをくれたご縁もあり、色々とご案内いただきました。ありがとうございます。
●俵山ビレッジ
吉武さんは最初シェアハウスを主宰され、そこから少しずつコミュニティを大きくしていき、2020年から俵山ビレッジをはじめられている。俵山ビレッジを目指し、多くの人が移り住んでいた。
地元は高齢化し、家は空き家となる。
人が住まない家はそこに命が宿らず、いのちは物質となり、地球に還るように形を失っていく。
吉武さんたちは、小さな活動から地元の方の信頼を得ていった。少しずつ空き家を買い取り手間暇をかけて改装し、俵山に滞在する仲間を増やしている。
家は人間が創ったものである以上、そこに魂として人が宿らないと家は命を失うものだ、と。同時に、そこに愛情を育てて住む人がいれば、家にはまた生命が宿り、蘇生する。



俵山温泉の湯治場としての魅力は、その強い還元力にある。
還元力の反対である酸化は、鉄がサビる現象だ。
つまり、還元力とは、サビない方向へ向かう。
では、その還元力の源はどこにあるのか。
それは水素の含有量だ。
現在の温泉分析表では、水素濃度のことはあまり表に出てこないが、水素は医学的にも先進医療にも使われていたりするなど色々な応用が期待される根源的な物質。
この水素含有量が多いと、還元力が強い。つまり鮮度が高くピチピチな温泉と言える。それがどうも人体の自然治癒力に影響しているらしい。長野の野沢温泉もそうした湯治場。
多くの人が湯治場として訪れて、松葉杖をついて訪れた人が元気になって、杖を置いて帰っている昭和の写真を見ると、そうした生命力を得て帰った人たちの様子が、色々なことをすでに証明していると、思う。
湯治場では、少なくとも1週間、できれば3週間は長期滞在することが望ましい。
それは飲泉をして体内の水を入れ替えたり、毎日お湯に入って基礎代謝をゆるやかにあげていったり、体質そのものを変えるためにそれだけの時間が必要になる、ということでもある。

慌ただしい現代の時計の針を少しでもゆっくりさせて、私たちが自分たちのいのちを輝かせるために、丁寧な時間をつくることが当たり前の時代にしていきたい。
俵山ビレッジはエコビレッジとの横の連携も行っている。ビレッジで働く、ということで規定の時間、場に貢献すると、宿泊や食事代との交換、になるようで、そうした仕組みを利用して多くの若い人たちも訪れている。素敵な仕組みだと思う。
現代の中で新しい社会の在り方を実践している人たちからは勇気をもらうし、「いのち」を中心に据えた社会へと、ゆるやかに舵は切られていると、感じている。
俵山温泉の源泉も特別に見せてもらい、あまりの水の透明度と美しさに息をのんだ。
水が湧いている。
その水を飲むと元気になる。その水に浸かると元気になる。
この水は何かが違う。
そうした驚きや感動を、畏怖と共に神仏の存在と重ねて大切に扱ってきた先人たちの心に、シンクロする時間だった。




俵山温泉で珈琲の焙煎をしている「COFFEE&ROASTER YAMA」。
こちらのコーヒースタンドは週末しか空いていない。
水が美味しい場所は飲み物も食べ物もすべて魔法がかかるようにさらにおいしくなる。
こちらのコーヒー豆を軽井沢に持ち帰り、まったく違う時間が流れる軽井沢で飲んでいる。
すると、二つの時空間が融合して新たな時となり、俵山温泉で浸かった温泉水の記憶が体にまで再現されてくる。
人体は、脳だけではなく体の細胞が色々なものを記憶しているようだ。
そうした旅の記録。



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