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渋谷能 第四夜「藤戸」@セルリアンタワー能楽堂

「渋谷能」という新しく素晴らしい試みが、セルリアンタワー能楽堂で行われている。

7月26日の第四夜:能「藤戸」髙橋憲正(宝生)の感想を書いていなかったので、改めて。

能がよくわからないという人は多い。それは正しい反応だと思う。

なぜなら、能は通常のエンターテイメントと異なり、儀式の要素が大きいからだ。

儀式が失われている現代では儀式の意義が分かりにくいのは当然のことだ。

だからこそ、自分にとっての儀式とは何かと問いながら、場の共同創造者として参加する必要がある。

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第四夜は「藤戸」(宝生流)

能「藤戸」

漁師の母/漁師の霊:髙橋憲正

佐々木盛綱:野口能弘

盛綱の家人:山本則重

笛:小野寺竜一

小鼓:田邊恭資

大鼓:國川純

後見:宝生和英、金森良充

地頭:和久荘太郎

源氏の武将(佐々木盛綱)が、藤戸(現在の岡山県倉敷市)で老女と出会う。

その老女は、ある武将に我が子を殺されたと嘆く。

武将の盛綱は、離島へと馬で行ける秘密の浅瀬を若い漁師から聞き出し、口減らしのため漁師を殺していた。そこに若い漁師の亡霊が現れる。

盛綱は必死に弔いをすることで若い漁師は成仏する。

『平家物語』では、佐々木盛綱が海を介してしか行けないと思われていた藤戸へと馬で渡ったことを盛綱の武勇伝として語られている話だ。

ただ、能の「藤戸」が示すように英雄の手柄の裏には名もない多くの死者がいる。歴史では決して語られることのない死や悲しみに光を当てていた。

若い漁師は、なぜ殺されなければならないのか。

母親である老女は、その不条理を恨んでいた。

ただ、若い漁師は、職業上でしか知りえない秘密を漏らしたことで、結果的に多くの死者を出したことにもつながった。それは秘密を簡単に漏らしてしまったことの報いともとれるのかもしれない。多くの死を生んだ協力者になってしまったのだから。

能では多くの死者が現れ、生者と死者との対話が行われる。

死者の話をしっかりと受け取り、そのことを現代に生かしてくれることこそが、死者の唯一の願いであると言うかのように。

能を見るたびに、生だけの視点から、死を含んだ大きな生の視点へと視野は広がる。

こうした意識の転換こそが、能と言うエンターテイメントではない儀式の意義なのかもしれない。

厳かな演目だからこそ、能の神髄を体験するようだった。

 

今後のラインナップは、

〇第五夜:9月6日(金)|能「井筒」鵜澤光(観世)

〇第六夜:10月4日(金)|能「船弁慶 白波之伝」宇髙竜成(金剛)

と名作が続き、

〇第七夜:12月6日(金)|舞囃子「高砂 序破急之伝」本田芳樹(金春)/舞囃子「屋島」観世淳夫(観世)/舞囃子「雪 雪踏之拍子」金剛龍謹(金剛)/舞囃子「安宅」和久荘太郎(宝生)/舞囃子「乱」佐藤寛泰(喜多)

でおさまる。

関連企画としての事前講座もあり、

第5回 9/2(月)  観世流 鵜澤光

第6回 10/3(木) 金剛流 宇髙竜成、金剛龍謹

渋谷能はよく考えられた充実の会だなぁ。

ご興味ある方は、ぜひ!

いつも満員です!

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