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夢野久作『少女地獄』(1936年)

August 10, 2019

夢野久作の短編小説集『少女地獄』を読んだが衝撃だった。

 

 

 

タイトルもインパクトが強くて気になっていたので読んだ。
小説では少女たちが落ちてしまった苦しみと混沌の世界が書かれている。
ただ、その悲劇は同時に、時代の被害者としての少女像でもあった。
堅い男性社会の論理と約束と権威で回転していく空虚な世界の影として、少女の内界が傷ついている。そんな冷たく不誠実な社会をペアとしてい書いているように見えた。

「何んでも無い」は、虚言壁の看護師(姫草ユリ子)が作り出した虚構の世界にすべての人が翻弄されていく物語。
「殺人リレー」は、バス車掌である女性(トミ子)の親友が殺害され、実の夫であるバス運転士に殺されたのではないかと、親友の最後の手紙から知る。男社会に絶望しているトミ子は、そのバス運転士と死を覚悟して結婚することで復讐を遂げようとする物語。
「火星の女」は、容姿から「火星の女」と馬鹿にされ社会に絶望している女性が、自分が通う学校の校長を含めた職員の不祥事を知る。不正義を明らかにするため、命をかけて真実を明らかにする悲劇的な話。

そして、「火星の女」に出てくる女性が、「何んでも無い」の姫草ユリ子へとリンクしていく。悲劇の種が輪廻するように。

思春期は、心の構造が大きく揺れ動いて、多くの人が死や異界と接近している。

思春期のとき、心の深層で体験するのは、存在の不安感に揺れる感覚だ。

自分という存在が、もしかするとこの世ならない存在とつながっているのではないか、という体験は「かぐや姫体験」というような体験で(かぐや姫は月から来て月に還る)、特に思春期の女性に多い体験だ。存在自体が不安になる。

そうした体験がどんどん深いところまで行くと大変なことになるが、思春期に見た夢やイメージ体験が、将来的には重要な意味を持つこともある(だからイメージ体験を大切にした方がいい)。そうした夢やイメージを大切に抱き続けている人は将来的にすごい成長をとげることもある。
ただ、男性型社会では深い内的体験としての少女の夢は果たされずにすべて消えていった。(現代の少女漫画が持つ深さは、こうしたところにある)

他界への憧れは、死を願う心に通じる。この世の原理を受け入れることはあまりにもつらいから。

『少女地獄』は夢野久作の1936年(昭和11年)作で、少女の大切な内的体験が、男性社会の論理と権威の世界に踏みにじられていく悲劇を感じ取って描かれた世界なのかとは思った。

すごい作品だった。

少女の純粋な気持ち、汚れたものを拒絶する純潔さと完璧さ。そこに人間が原型として持つイデアのような世界を感じる。

誰もが、子どもの完璧に調和がとれた世界から、大人という不完全さを原理として動き続ける世界を否応なく受け入れ、成長したのだろう。大人が子どもを見て心が動くとき、そうした子どもの心こそが、動いて反応している気がする。

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