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波の音に包まれて 津屋崎

June 2, 2019

福岡の津屋崎に来た。

山口覚さんが活動されている津屋崎ブランチとは、どういう活動なのか、経験として感じるために。

 

 ●津屋崎ブランチ
 福岡県福津市津屋崎4-15-17

 

津屋崎は海に面している
地球の形は面白い。複雑な海流が砂絵のように可視化されていて。

 

 


話していても、窓を通して海と波が見える。
波の音は本当に落ち着く。
ここがあなたの意識のホームポジションだよ、と、

戻るべきお家へいざなうような音。

 

 

 

 

 

歴史ある場所は、どこかへの入り口のようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

津屋崎に波折神社という神社があったけど、「波を折る」という表現はとってもいい。

確かに、波は折り紙のようにも見える。

 

海に生きる植物の緑は、陸上植物とは違う緑のシグナルを発していた。

 

 

 

 

 

 

窓を開けると砂浜、という海の家で寝た。


うとうとしているときも、深く眠っているときも、目が覚めた時も、ずっと波の音がしていた。意識の流れの通奏低音のように。

波の音に包まれて眠るという経験はいいものだ。
無意識は、果たして何を受け取ったのだろう。

 

 

 

 

 


波の音に包まれた眠り。
寝る空間そのものが波の振動だった。

眠りにはこうして質が生まれるのだろう。

眠りで大事なのは量ではなく質なのだから。生きることと同じように。

 

波の音、と書いたが、正確には水と水とが出会い続けるときに大気中に放出されたエネルギーの音。空気の振動を介して、水の衝突のエネルギーの余波が音へと変換された。
音の世界に生きていない生き物は、水のエネルギーをどのように受け取っているのだろうか。

 

ぼくらの呼吸の音のつまみを大きくすると、きっとこういう波の音がしているのだろうと思う。

 

 

ある有名な人が亡くなくなる1週間前(その時は自分も含め、誰も1週間後に亡くなるとは思っていなかった)、描いている絵を見せてもらったことがある。

誰にも見せてないんだけど、、、と、照れながら見せてもらった絵。


それは、波の絵だった。

 

波を繰り返し繰り返し、死ぬ直前まで描き重ねていた。
その光景は、目をつぶると今でももう一つの現実のようにはっきりと映し出される。


波のイメージは自分にとっての遺言となって渡された。
波の音が常世の国から記憶を運んできたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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