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感じる修験道の世界

October 17, 2018


昨日は2か月に1度の道の学校。
ゲストは星野文紘さん。職業は山伏だ。
トークには藤田一照さんにも入ってもらう豪華版。

 

 

 

 

この道の学校は、2020年の東京オリンピックを視野に入れている。
50年前の1970年、大阪で万博があった。
メイン企画に岡本太郎が抜擢された。
 太郎さんは、万博のメインテーマ、進歩と調和、自体をひっくり返す。
 人類はまったく進歩していない。前だけをみず、後ろを見ろ、とばかりに、古代と現代と未来とをつなげるために、古代の神像のような太陽の塔をドンとつき立てた。ベラボーなものを、意味と論理と約束事ばかりがはびこる現代の中に投げ込んで中心に据えた。
あらゆる時間がぶつかり合いスパークしあう祝祭空間にしたのだ。

 

 

オリンピックは、身体というものに対して一面的な見方が強いと思う。
 強さや速さを競い、金メダル=1位が優れている、という考え方。
でも、身体にはもっと多様な見方がある。

 

 弱さや遅さにも価値があるし、そもそも勝ち負けというのは「頭」がつくりあげた世界だ。

 

2020年のオリンピックが身体における巨大な祝祭空間となるよう、自分は太郎さんが万博で行った思いを勝手に受け継ぎ発展させながら、道の学校をやりたい、と勝手に思っている。

 

 

そういうことで、日本の身体の古層である「道」をテーマにあげている。

 

今回は、星野先達の話。


 以前、対談させてもらったこともある。そのときも「水」と「いのち」というテーマをもとに話した(気がする)。

 

 

今回の「修験道」の話で一番刺さった話は、お米の話、食の話。

季節が冬になると、世界はエネルギーを貯める時期に向かう。春、夏に爆発させるために。
 冬、ためこむときは、まさにいのりの時期だ。
 稲穂に向かって、冬を通して祈る。
そのことで、稲穂に稲魂(いなだま)が宿る。
 物体に魂が宿ることで、それは生命を持ち、稲穂は増殖して増える。それが豊作である。
そうした神秘を、また祈る。

 修験者と一般人との違いは「毎日祈り続ける」かどうかの違いだけだとも、おっしゃっていた。それ以外はすべて同じだ、とも。

 

 

 

たった一粒の種から、自然の力により何万倍、何億倍という無限に近い実りがもたらされる。
これは神秘だっだろう。いまでも果てしない神秘だ。なんとなくわかった気になっているだけで。

生命のように増殖していく力をこそ、自然の神秘をこそ大切にし、祈り、稲穂を実らせる。それが食になり、生きることにつながる。

 

 

夏には山に登り、祈り、自然の恵みを感謝する。
 冬には山と村の教会の場所で、エネルギーをためるように稲穂に祈り、米を実らせ、また自然の恵みを感謝する。

 

 

修験道とは、かくも奥の深いものなのだ。
ただ山に登る行為だけではなく。

 

食の根源に、生きることへの根源に自然への祈りや感謝があるとしたら、修験道は「いのちの世界」のど真ん中に関わっている。


もちろん、修験者だけですべてが成立するわけではなく、植える人、収穫する人、運ぶ人、料理する人、食べる人、、、、あらゆる人や自然が媒介しているのだが、そうした輪(サークル)の重要なつなぎ目、Link、Hubとして、修験道という厳しく優しい世界は存在していた。

そして、それは宗教として、ではなく、修験道という「道」の世界になっている。

 

 

・・・・・・・・
星野先達が冒頭に話された言葉。
 

「道」、そこに終わりはない。
 向こうに光が見える。それが「道」において大切なこと。

 

 

西洋にはスポーツという文化がある。
そして、日本には「道」という、部分に分割されない複雑系でいながら統合体であるような生きた文化があり、そこに身体の使い方も含まれている。

 

 

東洋と西洋の出会い。
それは単に出会って終わるものではなく、激しくぶつかり合い、命がけで互いを乗り越え、その深い理解の上で、固く握手するようなものではないか、と思う。

 

どんな国や地域にも、誇るべき文化がある。
そこで息をしてたくましく生きていた生活者たちが、結果として生んできた生命のようなものが文化だ。卑下することなく、胸を張るべきだ。

 

 

 

 

修験道の奥の深さを垣間見て、みなさんはなにを「感じ」られただろう。
 星の先達は、「考える」ことの重要性を否定はしないが、その前提に「感じる」ことの大切さを説く。

 

「感じる」ところにおいて、そこに善悪や優劣は存在しないし、感じ方は多様であっていいものだし、それこそが多様性というものを知る法門そのものなのだから。

 

100個のリンゴがあったとき、同じ「リンゴ」と考えるのが頭の世界だが、ひとつひとつすべて違うと「感じる」のが身体の世界であり、多様性の世界だ。

 

 

「感じる」というシンプルな言葉の中に、星野先達が生きてきた厚みとしての無限の情報がこめられていたような気がする。

 

 

 

 

 

(写真は藤田一照さんからお借りしました。ありがとうございます。来週での青山ブックセンターでの対談、互いの出版記念イベントも、楽しみです。)

 

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「道の学校」by.慶應SDMヒューマンラボ>@慶應大学日吉キャンパス来往舎シンポジウムスペース
(司会・発起人:稲葉俊郎(東大病院)、発起人:前野隆司、針谷和昌(慶應SDM))

<2017年>
■2017/2/28:第1回 道の学校
○藤平信一(心身統一合氣道会会長)
○佐々木隆道氏(プロラグビー選手)

■2017/4/6:第2回 道の学校
○武田宗典(能楽師 観世流シテ方)
○小野澤宏時(プロラグビー選手))

■2017/6/15:第3回 道の学校
○稲葉俊郎(医師)
「ひとのからた゛の歴史‐進化と骨格‐ 2020年にむけて」


■2017/08/01:第4回 道の学校
○矢田部 英正(武蔵野身体研究所)
○水鳥寿思(体操/アテネオリンピック団体金メダリスト/リオデジャネイロオリンピック団体金監督)

■2017/10/10:第5回 道の学校
○田島 和枝(雅楽、笙(しょう)、正倉院復元楽器・?(う)演奏家)
○本郷幸子(ヴァイオリスト、上野学園大学音楽学部音楽学科 非常勤講師)

■2017/12/05(19-21時):第6回 道の学校
○ヨーコ・ゼッターランド(バレーボール バルセロナ五輪銅メダリスト)
○藤田義行(鍼灸師、藤田治療院院長、プロスポーツトレーナー) 

 
<2018年>
■2018/02/06:第7回 道の学校
○藤田一照(曹洞宗僧侶)
○甲野善紀(古武術研究家)

■2018/4/17(Tue):第8回 道の学校
これまでの振り返りと今後
○稲葉俊郎(東大病院)、針谷和昌(慶應SDM)、 前野隆司(慶應SDM)
 
■2018/6/5(Tue)(19:00-21:00):第9回 道の学校
○藤田一照(曹洞宗僧侶)

■2018/8/28(Tue)(19:00-20:50):第10回 道の学校
○高橋有紀子(バレー/ビーチバレー4大会連続オリンピック入賞)

■2018/10/16(Tue)(19:00-21:00):第11回 道の学校
○星野文紘 羽黒山伏

■2018/12/11(Tue)(19:00-21:00):第12回 道の学校
○雑誌社「秘伝」編集部、雑誌社「サンガ」編集部

 

 

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