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福としての服、服としての福

June 29, 2017

昨日は、イッセイミヤケのデザイナー宮前義之さんの話をインタビュアーとして伺わせてもらった。六本木のアカデミーヒルズにて。(→HP)

 


小中学生の時、ファッション通信で見たときのイッセイミヤケのショーは圧巻だったので強く印象に残っている。
当時、イッセイミヤケのショーを見たことで、服というものの概念が拡大した。おそらく、他の人と自分とでは服の概念そのものが変わってしまっている。

 

人間と環境の接点としての服、生きている人の外と内の接点としての服、伝統と革新の狭間から生み出される創造物としての服、1次元、2次元、3次元、4次元という次元をつなぐ接点としての服。

 

そして、福としての服であり、服としての福。

 

 

 

イッセイさんの後を継ぐ宮前さんは、かなりの若さで次のデザイナーとして抜擢されたので当時驚いた。イッセイミヤケの伝統と革新のスピリット、総合芸術としての服の世界を継承しながら発展させている、すごい人だと思う。ガラスケースの中の服ではなく、汗をかき、息をして動き、生活をして生きている人体と共に生きていくような服。

 

 


昨日は、イッセイミヤケの歴史をたどりながら、全員でISSEY MIYAKE: AUTUMN WINTER 2014 Collectionの映像を静かに見た。

●ISSEY MIYAKE: AUTUMN WINTER 2014 Collection

 


司会をしながらも、固唾をのんだ。鳥肌がたった。深く静かな感動がやってきた。
音と色と服と人、光と影、音と声、そうした全体性が溶け込んだ世界。
闇に浮かぶ人体のフォーメーションを見ていると、先日見たジャコメッティの《ヴェネツィアの女》という彫刻のフォーメーションが頭に浮かんだ。人間の存在感や形だけで訴えてくる。

ジャコメッティ《ヴェネツィアの女》

 


それは、言葉にできない体験。
「!」としか表現できない体験。
言葉にしてしまうと、こぼれ落ちて安っぽくなってしまう体験。


言葉とは、こうした「!」の体験をなんとか伝えようとして、発展してきたものだろう。

パリコレクションの現場で肌そのもので体感したら、どれほど感動するだろうか。

 

 

宮前さんの眼差しは、形や色の探求にとどまらず、驚きの体験も含めた、人間の体験や情緒を巻き込んだ形で服として結実させていると思う。

驚くことは、人を子供へと若返らせる力がある。

 


そして、それは宮前さん一人の功績ではなく、あくまでも実際の製作に携わるすべての人たちの共同作品なのだ、という態度を崩さない姿勢にも尊敬するし、新しいリーダー像や組織像の一つでもあるのだと思う。
探し物は、一人で探すよりもみんなで探した方が、早く見つかる。

 

全体像を見ながら、ひとりひとりの個性と特性を引き出しながら、伝統や歴史や人との関係性を尊重しながら、それでいて新しく未知のものを生み出す存在として。

 

 

今回は第1回目だったので、自分もあまりベラベラしゃべるのもどうかと思い、発言を控え目にしたが(ただ、もう少し発言してもよかったかとも思っている)、ショーを見て、実際に持ってきて頂いたイッセイミヤケの服を見て、思ったことがあるので記したい。

 


人は生きていると、大きなシステムの中で自分を見失ってしまうことがある。
システムは人が生み出したはずのものだが、逆にシステム自体が人の魂をむしばむことがある。
会社、組織、集団、国、資本主義、制度、儀式、法律、・・・。あらゆるシステムが網の目のように包み込んでいる。


どんなシステムの中でも呑み込まれず、自分自身を守りはぐくみ大切にするために、人は自由で独立した孤高の存在であると思い出すために、服は大きな力を持っていると思う。まとう護符のように。


なぜなら、独立した個人であることを思い出すには、肌感覚や皮膚感覚が必要で、服は境界としての皮膚感覚を目覚めさせ、システムに流されない独立した個人の存在を呼び起こしてくれるものだから。

 

だから、自分は何の服を着るか、何の服を選ぶか、ということに意識的でいる。

大きなシステムの中で流されず独立した個人として生きていくため、服や衣は自分にとっては重要な存在なのだ。

自分自身を奪われたり、失ったりしないためにも。

 

 

ファッションの世界は、基本的に陽でありポジティブであり光の世界だ、

 

生きていると、いいこともあれば悪いこともある。楽しいことばかりではなく、悲しいことや辛いこともある。

ただ、だからこそ、光も影も善も悪も包含した形で、時代の息吹を転写させながら深く血肉化して、具体的で物質的で美しく光の世界へと、色や形を伴うファッションの世界へと具現化していく在り方には、本当に勇気もらう。

 

破壊もある混迷の時代だからこそ、創造という形で今の時代に勇気を与え続けているのだと思う。

 

 

人が元気になり、勇気をもらう、ということは、生命の根本に触れていると思う。マインドだけでなく、ハートだけでなく、ソウルまでも。

 


宮前さん、ありがとうございました。
今後、さらに深い対話を重ね続けていければと、思います。
 

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