読書 奇跡(ミラクル)と死といのち

読書する時間がとれず、今は子どもと借りる絵本を読むのがメイン。

新幹線での移動時は、久しぶりの読書に励む貴重な時間。


時間が少ない時は、絵本と同じで、詩人のような濃密な言葉を読むと、10冊分くらいの言葉の密度がある。


大好きな長田弘さんの詩を何度も読み返す。



長田弘「奇跡‐ミラクル‐」(みすず書房) あとがきより

「奇跡というのは、めったに起きない稀有な出来事というのとはちがうと思う。それは、存在していないものでさえ、じつはすべて存在しているのだという感じ方をうながすような、心の働きの端緒、いとぐちとなるもののことだと、わたしには思える。

日々にごくありふれた、むしろささやかな光景の中に、わたし(たち)にとっての、取り換えのない人生の本質はひそんでいる。

それが物言わぬものらの声が、わたしにおしえてくれた「奇跡」の定義だ。

たとえば、小さな微笑みは「奇跡」である。小さな微笑みが失われれば、世界はあたたかみを失うからだ。

世界というのは、おそらくそのような仕方でいつのときも一人一人にとって存在してきたし、存在しているし、存在してゆくだろうということを考える。」








シュタイナーは、「神秘学を学ぶ意味は、死者との結びつきを持つためだ」と言った。


なぜシュタイナーが死後の生活を詳しく述べるかというと、我々が死者の存在を確信できるようにするためだ、と。


死者からの恩恵を受けていることに気づき、死者たちに自分から何ができるのかを考えることが、われわれの人生での大事な務めになる。


あの世では、物質的な世界の情報は一切受け取れず、地上の言語も、イメージや感情がそれに伴わなければ、死者には通じない。地上の言語は物質空間の中でのみ響いている。


シュタイナーは、死者をイメージすることを非常に大切にしていた。

死者に対する生者からの働き掛けは、眠っている時にも生じる。

死者への問いかけへの答えは、翌日思いがけない形で出てくると言う。


自分の心の奥底から、素晴らしい思いつきが生じたとすれば、それは死者からのメッセージだと。

自分の存在の一番核心の部分から聞こえてくるものが、死者の声だという。


死者に対する愛情をもって眠ると、死者はそれをまるで美しい音楽のように聞き取ることができるという。

そうなってくると、生者も死者もなく、一体となって世界を構成しているのだということを思い出せるだろう。

シュタイナー『シュタイナーの死者の書 (ちくま学芸文庫)』






自分の著作「いのちは のちの いのちへ」(アノニマ・スタジオ、2020年)の最後には、ゲーテの詩を引用した。自分のなかに、ゲーテの生き様が強く影響を与え続けている、ということを、包み隠さず表明するためにも。






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エッカーマン『ゲーテとの対話』

「私にとって、霊魂不滅の信念は、活動と言う概念から生まれてくる。

なぜなら、私が人生の終焉まで休みなく活動し、私の現在の精神がもはやもちこたえられないときには、自然は私に別の存在の形式を与えてくれるはずだから」




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ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』

「死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない。

永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きるものは永遠に生きるのである。

視野のうちに視野の限界はあらわれないように、生もまた、終わりを持たない。」

「神秘とは、世界がいかにあるかではなく、世界があるというそのことである。」






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