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舞台「ねじまき鳥クロニクル」を観た。@東京芸術劇場プレイハウス

舞台「ねじまき鳥クロニクル」を観た。圧巻の舞台だった。今から約3年半前(2020年2月26日)の初演時に見た時と、さらに深く進化していた。


小説版「ねじまき鳥クロニクル」は全3巻でトータル1300ページもある長大な物語。小説を読み通すには1か月はかかる。小説だけを読んで暮らすわけにはいかないため、小説を読み、仕事があり、家庭生活を送る。眠り、目覚め、また小説を読み、仕事と家庭生活を送る。生活の一部に小説世界が否応なく挟み込まれる。すると、私たちが生きている人生自体が、それぞれの物語を生きている主人公すべてなのだ、と気づかせてくれる。誰にも感情があり、記憶があり、体験があり、そこには意味と無意味があり、具象と抽象があり、快と不快があるが、そのすべてを自分の人生として引き受けていくと、それは一人一人の物語の形をとらざるを得ないからだ。



長大な物語を舞台にするとき、ある特定の巻のエピソードだけを取り出して舞台化される場合もある。舞台は時間が制限されているからだ。 しかし、今回の舞台で改めて驚くのは、この長大な全3巻のすべての本質的な要素を含みながら、物語は分解されすべて舞台として再構築されていたことだ。3巻のナツメグとシナモンのことも含めて。

村上春樹の1作目の長編小説『風の歌を聴け』も、最初に書いた物語を一度分解し、章を入れ替えて発表していると聞いたことがある。時間軸を読み手、受け手に開放することで、物語に主体的に参加する開かれた場を与えてくれる作家なのだと私は受け取っていた。



「ねじまき鳥クロニクル」の濃密な読書体験を、3時間の演劇体験へと変換させるため、あらゆる工夫が施されていた。脚本、演出、演技、台詞、ダンス、音楽。時計職人のような緻密な作り込みに、心底驚いた演劇時間だった。



春樹さんの作品を特徴づける台詞や語りは、時に劇薬だ。特にこの物語は「悪」についても書かれている。人間の一部として地雷のように埋め込まれた「悪」の種は、育つ土壌や栄養がなければ開花することなく種のままで内部に埋め込まれたままだが、あらゆる人間関係や人類の歴史などの複雑な相互作用の中で、土壌と栄養のタイミングが揃うことがある。


============= 「どこかずっと遠くに、下品な島があるんです。名前はありません。名前をつけるほどの島でもないからです。とても下品なかたちをした下品な島です。そこには下品なかたちをした椰子の木がはえています。そしてその椰子の木は下品な匂いのする椰子の実をつけるんです。でもそこには下品な猿が住んでいて、その下品な匂いのする椰子の実を好んで食べます。そして下品な糞をするんです。その糞は地面に落ちて、下品な土壌を育て、その土壌に生えた下品な椰子の木をもっと下品にするんです。そういう循環なんですね」

 僕はコーヒーの残りを飲んだ。 「僕はあなたを見ていて、その下品な島の話をふと思い出したんです」と僕は綿谷ノボルに言った。「僕の言いたいのは、こういうことなんです。ある種の下品さは、ある種の淀みは、ある種の暗部は、それ自体の力で、それ自体のサイクルでどんどん増殖していく。そしてあるポイントを過ぎると、それを止めることは誰にもできなくなってしまう。たとえ当事者が止めたいと思ってもです」

「ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編」 =============



「悪」は「あるポイントを過ぎると、それを止めることは誰にもできなくなってしまう」ものであり、「悪」は閉鎖回路の中でいびつな循環を起こしてしまうものだ。もちろん、それは「善」においても同じことが言える。善も善そのもの力で循環する。ただ、私たちが生きるこの世界は善と悪ははっきりと線引きできない。ここからは善ですよ、ここからは悪ですよ、と境界線は引けない。善と悪が入り混じる人間が行き交うことで、善と悪の水路は常にかき回され撹拌される。時にビーカーの中で上澄み液と沈殿液とに分離するようにしながら、また人が行き交うことで、善と悪は生態系のように流動的な世界を作るのだと思う。それこそが切れば血が出る現実世界だ。 ただ、巧妙に閉じられた生態系の中で、「悪」そのものが植物のように成長し、時には大木となり、森となり、迷宮(ラビリンス)となる。


そして、ただ平凡に生きていると思っている私たちの背後にも「悪」は常に背後に迫っていて、飲み込もうとしてくることがある。「ねじまき鳥クロニクル」の僕、岡田トオルのように。



鎌倉時代に書かれた徒然草の中に、「死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。」とある。 死は、前からやってくるのではなく、常に後ろから迫ってくる。悪も常に後ろから迫っている。


悪は個人では暴力へと形を変えながら人の間を流れ、権力を付与された個人を流れると、より強大な戦争という形に変えて人の間を流れている。それは人類が古代から抱えている暗部でもある。



演劇では、3時間と言う時空間の中で、「ねじまき鳥クロニクル」の中にある暗闇が形をかえて表現されて、私たちの魂に届けられる。極限の体験は、とても耐えられないものだが、プロの演劇家たちが、劇場という守りの空間で共に体験させてくれる。だからこそ、痛みと共になんとか乗り越えていくことができる。

時にはダンスや音楽が見るものの体を震わせることで体のスペースをつくり、そこに生きる力を与えてくれるかのように。 くじけそうになる時、私たちはどうやって生きる力を得るのだろう。

生きるためには生きる力が必要だ。

生きる力を凝縮したぐちゃぐちゃの塊としてダイレクトに届けてくれるのが、演者の言葉であり、全身全霊の肉体の動きであり、発される音でもあった。

舞台を観るものも物語の目撃者でありながら、同時に体験者ともなる。

不思議な通路を介して、生きる力は届けられる。これが井戸の底の「壁抜け」なのだろうか。



とても重量感のある舞台の中で、笠原メイ(門脇麦さんが突き抜けた透明な演技を発揮している)の登場で、常に異なる視点から舞台を体験する眼差しを与えられる。何かに捉われようとする私の概念の殻を壊し続ける。思春期は、生の中に死を位置付けていく危うい過程そのものだが、メイの率直な振る舞いは、生と死、善と悪という対極を自分の心の中に、位置付けていく真剣なる生きる姿そのものだ。



世界中で戦争が起きている今、この舞台を見ることの必然性があると自分は感じた。 戦争の当事者の悲しみは、私たちが別の形で体験し切実に感じることでしか、未来に回避することはできない。

劇場という安全な空間の中で、特別な鍛錬を受けたプロフェショナルな表現者たちでしか届けることができない通路というものがあり、それは井戸の底のように普段は通らない場所を駆け抜ける必要があり、その過程には相応の痛みを伴うものだが、生きる証として必要なものなのだろう。





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演劇で受ける体験は、人生での体験と同じで、幅が広く底も深いものです。 舞台「ねじまき鳥クロニクル」は、今こそ、見てほしい舞台。 私が観劇に行ったとき、数席となりに、春樹さんご夫妻も観劇されており、そうして同じ時空間を過ごすことができるのも、劇場の幸福の一つでした。 同時代に生きているということ自体が、同じ時間と空間を共有していることです。 劇場の空間は、そのことを改めて再体験させてくれる貴重な場です。


劇場版パンフレットに、最後に名前がクレジットされている篠田麻鼓さん(ホリプロ、執行役員、公演事業本部長)。演出家の国で戦争が起きている中の実施には並大抵ではないあらゆる障害があったことを私も知っています。麻鼓さんは舞台芸術への強い愛と信頼の中で、どんな困難にも屈せず、常に笑顔で舞台化を実現させた裏方です。こうした凄い方が裏方に大勢いますが、あまり光は当たりません。しかし、俳優も出演者も、舞台を立ち上げた方のエネルギーに応えたいと思い、素晴らしい舞台ができあがるのでしょう。

素晴らしい舞台は、表と裏とがひとつながりのものとして統合されたときに立ち上がる奇跡です。わたしが身に余る仕事だと思いながら、パンフレットのテキストを書いたことも、舞台に関わるすべての方に少しでもエールを送りたい、と純粋に思ったからです。裏方を知っている私が、表と裏をつなぐ責任があると思いました。こうした無数で無名の力こそが、よりよい社会を創る根源的な力だと、わたしは思っています。

ぜひ劇場に足を運んでください!!まだチケット買えるはずです。









 

舞台『ねじまき鳥クロニクル』 2023年11月7日(火)~11月26日(日) 東京芸術劇場プレイハウス

原作:村上春樹 演出・振付・美術:インバル・ピント 脚本・演出:アミール・クリガー 脚本・作詞:藤田貴大 音楽:大友良英

出演: <演じる・歌う・踊る> 岡田トオル:成河/渡辺大知 笠原メイ:門脇麦 綿谷ノボル:大貫勇輔/首藤康之(Wキャスト) 加納マルタ/クレタ:音くり寿 赤坂シナモン:松岡広大 岡田クミコ:成田亜佑美 牛河:さとうこうじ 間宮:吹越満 赤坂ナツメグ:銀粉蝶

<特に踊る> 加賀谷一肇 川合ロン 東海林靖志 鈴木美奈子 藤村港平 皆川まゆむ 渡辺はるか (五十音順)

<演奏> 大友良英 イトケン 江川良子


大阪公演 期間 2023年12月1日(金)~3日(日) 会場 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ https://www.umegei.com/schedule/1149/


愛知公演 期間 2023年12月16日(土)・17日(日) 会場 刈谷市総合文化センター大ホール https://www.nagoyatv.com/event/entry-36088.html







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