甲野善紀「表の体育 裏の体育―日本の近代化と古の伝承の間に生まれた身体観・鍛練法」(壮神社、1986年)


甲野善紀さんの「表の体育 裏の体育―日本の近代化と古の伝承の間に生まれた身体観・鍛練法」を再読。

壮神社から1986年に出た甲野先生のデビュー作で、後にPHP文庫(2004年)で再版されています。


自分は「表の体育・裏の体育」(壮神社)に出会ったのは中学時代のころ。熊本の上通にある舒文堂河島書店(熊本市中央区上通町11-2という明治創業の古書店でした。熊本の実家にはまだ置いてあると思うのですが、東京に出てから、PHP文庫で再度買い直し、何度も何度も読み直した思いで深い本です。そして、この本で最初に甲野善紀という異能の人物と出会い、しびれてしまいました。








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<内容紹介>

近代化によって歴史に埋もれた民間鍛錬法・健康法――それが裏の体育。

古武術家である著者が、失われた日本人の記憶に再び光を照らす。


「裏の体育」とは、日本の伝統文化を核に個人が直感と体験によって打ち立てた民間の健康・鍛練法のことである。

対する表の体育は、西洋科学思想に基づいた現在の学校体育など。


日本人であれば必ず、学校で体育という教育を受けるが、本当に身体を育むものなのか?

例えば、かつて良い鍛練とされたウサギ跳びや腹筋運動も、現在では弊害が伝えられているが、

裏の体育では弊害ありとして決して採用されないものだった。

つまり、西洋科学においても「身体」を完全に把握できているわけではないのだ。


本書は、武術を基盤としたその身体操法がスポーツをはじめ各界から注目される著者が、現代日本人の身体観の常識を覆す「裏の体育」の世界を検証する。


表と裏をつなぐ存在である「武術」を語りつつ、西洋的な分析手法を取りながら、

現代医学とは相反した主張を続けた肥田式強健術創始者・肥田春充を紹介。

日本人の身体を育てる本当の「体育」のあり方を考える。


<著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)>

甲野善紀

1949年、東京生まれ。武術を基盤とした身体技法の実践研究者。

1978年、武術稽古研究会・松声館を設立し、他武道や異分野との交流を通して、現在では失われた精妙な身体技法を探求。

2000年頃からスポーツへの応用で成果がみられ、以後、スポーツの他、音楽、舞踏、介護など多方面から指導の要請を受ける。

こうした流れから、2003年10月、武術稽古研究会を解散。

よりさまざまな分野との多角的な交流をはじめる。

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この本は、通常の体育で疑問なく教わる体育を「表の体育」としたとき、武術などで密かに伝承されてきた身体技法を「裏の体育」として、表と裏の接合を試みた刺激的な本なのです。通常の教科書には出てこない話が満載で、人間の可能性を深く感じました。


特に、この本で紹介されている肥田春充は、「丹田」を極限まで追及していくことで、人間業とは思えない領域にまで到達します。たとえば、6個くらいのサイコロを同時にふって、目が出る前に凡ての目の数字をあてたり、隣の部屋で開いている本の内容を読みあげたり・・・・。神通力・超能力の世界まで行ってしまう実在した人の話。



自分も「表の医学」(西洋医学)と「裏の医学」(非西洋医学のすべて)をつなぎたい、と思っているので、この甲野先生の著作からは大きな刺激とインスピレーションをうけたのです。




実際、医療は「からだ」や「こころ」の調整をする技術体系そのものですが、まさしく「体を育てる=体育」として、武術と共に伝承されていたものに接近します。命のやり取りをする武術では、心身への技術は研ぎ澄まされて行きますし、その本質は医術にも応用可能なものばかりです。



冒頭にも、甲野先生がなぜそのような興味へと至ったのか、その切実な理由が書かれています。



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玄米、自然食という体感を伴った食の問題から、人間にとってどういう在り方が本来の自然なのかという問いかけを発し、そこから様々な身体を使った健康法や鍛練法、そして宗教を考えたからである。

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肥田翁の人生は極めて特殊な人間の、極めて特殊な体験、体現であるが、その中には全ての人間が持っている可能性と響き合う所も確かにあると思う。

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西洋科学思想による医学、栄養学をもとにした現在の学校体育などを“表の体育”として考えるとき、日本の伝統文化を核に個人が直観と体験によって打ち立てた民間の健康法、鍛練法は“裏の体育”として取り上げる事ができると思う。

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体育によってただスポーツ的運動機能が向上するということよりも、思考力、洞察力、判断力と言った人間としての諸能力が明らかに向上し、それによって本質を見抜く目を育てるような“体育”こそ、真の体育と呼べるものではないだろうか。

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甲野先生がおっしゃるように、”体を育てる(=体育)”ことは、誰もが一生涯かけて取り組む必要がある課題だと思います。

”体を育てる”ために、食事を再度考え直すことは自然な流れです。人体を深める事は、宇宙含めた大自然の摂理を知ることにもつながります。ミクロコスモス(人体)とマクロコスモス(天、大自然、宇宙、森羅万象)との照応から(「下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし(Emerald Tablet)」)も、人体の本質を深く探求した歴史も学ぶことは多いです。




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・玄米・自然食の大きな二つの流れ。

・桜沢如一の桜沢式食養と二木(ふたき)謙三の二木式玄米運動。

・桜沢式食養は、玄米を主食に、副食は似たり炒めたりした野菜を主に、塩気はきつめで、果物や生野菜などはあまり歓迎しない。

・二木式玄米運動は、玄米を食べる事と砂糖を避ける事は共通だが、副食は生もしくは生に近い野菜、それに果物をとり、塩は薄め、といった桜沢式とは反対の主張が多い。

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桜沢式食養も二木式玄米運動も、源は明治の軍医陸軍薬剤監の石塚左玄。

両者の違いは創始者の体質の違いによるものと考えられている。


ただ、どちらも自己の体験からの確信があるため容易に譲らず、そのために混乱に陥った人たちも多く出たようである。

すなわち、ここに裏の体育の特色である体験至上主義の長所と欠点が共に出ている。

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裏の体育の中では深く研究されたものほど、理科系も文科系もひっくるめた、いわば全科的傾向に必然的になってゆき、日常の生活方法から、ものの考え方、思想、時には宗教的問題にまで関わる広がりを持ってくるということである。

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→食は「体質」に依存することが多いと思います。太りやすい人、太りにくい人がいるように。

だから、地球人類すべてに共通する普遍食事は存在しないとは思います。地方や風土で育つ食物も違いますし、体の文化的な歴史はあらがえないもので。


そういう意味でも、自分は「身土不二」の考えを大切にしています。身体と土とは一体のものである、と。

つまり、人類が存在する前からこの天地自然は既に存在していて、それぞれの風土に応じた形で、農作物や植物は自生してました。その土地にあったものが自然な形で育っているわけです。だからこそ、生活の場や土地にあったものを身体に取り入れて生きていくのが自然です。人間も最終的には土に帰って行く存在でもあり、この土壌を汚さないような身体を保ちながら自然と矛盾しない食生活をすることが、適切な食事となる。というイメージでしょうか。


他には、ナチュラルハイジーン(Natural Hygiene)やローフード(Raw Food)でも提唱しているように、野菜や果物はそれ自体が全体食と呼べるもので、水やミネラルのバランスも、そのもの自体の中で調和がとれている。だから、全体食を損なわないようにそのまま頂く、という考え方です。 例えば、肉食はあくまでも肉の部分的な欠片でもありますし、死んで数日経過したものであると考えると、命を育てる観点から少し遠い印象があります。(桜沢如一さんのマクロビオティックでも小魚を推奨しているのは、全体食という点で納得できます。)




その基礎となるのは、自分の体と日々対話し、自分の体にあった食事を日々考えて行く、ということでもあると思います。誰か有名な人が言ったからとかお墨付きだから、と鵜呑みにせず、自分の体の声を最優先して日々検証していくこと。そうした体との素直な対話こそが、様々な食事療法が伝えたい核心であるとも思います。





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裏の体育が表の体育と激しくぶつかるもののひとつは、裏の体育の精神作用に対する深入りである。

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表の体育はクラシックで、裏の体育は演歌(邦楽、民族音楽)。


ど演歌と言える裏の体育は、明治になって滅んだ修験の名残を引きずる加持祈祷や気合い術、明治に日本に輸入された催眠術をこれらと融合させた“霊術”と呼ばれるもの。

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甲野先生がおっしゃる「裏の体育」を論ずる上で、「明治に日本に輸入された催眠術を裏の体育と融合させた“霊術”」にも触れる事になります。


ここがとても面白い!!

井村宏次さんの「霊術家の饗宴」からは多く引用されますが、この本は古書でよくプレミア値段がついています。神保町の小宮山書店で偶然見つけた時は、小躍りして購入しました。






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霊術家の饗宴

維新以降の霊術家の饗宴 

井村宏次著





古代において祈祷は医学の主流であったろう。

薬物医療の発見や物理療法の発達は、祈祷を<非正当医学>に追いやり、宗教はその受け口となって医学と並立する。


中国では3千年前に薬物、鍼灸の治療技術の初期における定型化が果たされ、魔法医と医師は区別され始めたのであった。

日本の例で言うと、和漢法と鍼灸は永い間<正統派医学>であったが、加持祈祷をはじめ多岐にわたる宗教的法術を駆逐できなかった。

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病気への根深い恐怖と治癒への悲しく切ない願望は、人類が等しくもってきたぬぐうことのできない感情である。

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オカルト臭のする治療法は常に無視の扱いを受けてきた。

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かつて戦前に中村古峡、牧田彌禎、森田正馬、野村瑞城らが競って行った迷信撲滅運動風に、異端視医学史を書き上げる事は簡単である。しかし、彼らの運動は大きな成果を上げたといえるだろうか。

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明治維新前後、漢方医と洋医の確執がある。

明治政府による修験道の実質的解体、里山伏の還俗、呪術の禁止が大きな影響を与える。

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明治26年(1893年)、帝国大学令発布。医学科は20講座から成る講座制となる。

催眠療法家はその西洋の原型を変形しつつ霊術家へと転身してゆく。

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昭和7年以降、霊術から霊気と精神を抜き、物理療法家へと転身。

不安と集団ヒステリーの時代となる。

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昭和22年以降

霊術家の流れを引く療術師の法的規制と再編成の時代。


漢方鍼灸医学は公認され、桜沢如一の無双原理(食養健康道)と西勝造の提唱する西医学は存続することができた。

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大正初期に活躍した霊術家の直系は存続することができなかった。

この人たちは確かに不完全な人だったが、あまりに人間的すぎた本音で生きた人々であった。

宗教者ではなく宗教を語り、医者ではなく治療道を実践した。

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→「霊術家の饗宴」 心交社 (1984)で述べられている通り、現場で伝わってきた医術としての霊術は、明治維新前後で地下にもぐりました。日本が戦争へと向かっている時、宗教を国家神道へとひとつに統一していく過程で(神仏希釈も同じ時期)、同時に失われていったようです。


当時、医術自体が西洋から輸入された催眠療法と融合し、より「目に見えない世界」へ接近していったのは事実ですし、同時に怪しげな人間も多数輩出したのでしょう。そこにはインチキもぺテン師も玉石混交で存在したのかもしれません。ただ、そうしたインチキやペテン師やフェイク自体は、どの時代にもどの世界にも、ある一定の割合で存在します。「霊術家」をすべて駆逐したことで得たものもあり、失われたものも多かったのでしょう。もちろん、それは時代の流れの一コマに過ぎない、と言えば、時代の流れには抗えないのかもしれませんが・・・。




この「霊術家の饗宴」で紹介される人々は、とにかく個性的で魅力的な人が多い!おもしろすぎる!


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・気合術師の浜口熊嶽(ゆうがく):拘留回数700回以上、東条英機と「おい」「おまえ」の仲。相撲の横綱梅ケ谷や双葉山とも親しかった。





・江間俊一:衆議院銀から霊術家へ転身。腹式呼吸、気合い、暗示、霊動(自動運動)を併用した江間式心身鍛練法(加山雄三氏の母方の曽祖父です




・岡田式静坐法




・肥田式強健術


・大霊動(田中守平):霊術の一大総合センター(呼吸法、霊動、気合術、危険術、暗示、テレパシー・・)、


・空海(弘法大使)


・大本:本田親徳(ちかあつ)が再興した鎮魂帰神の術(神がかり、神おろし)。出口王仁三郎、親徳の弟子永沢雄楯(かつたて)に学んだ。

→大本からは浅野和三郎(海軍英語教官)をはじめとして谷口雅春(生長の家開祖)、友清歓真(神道天行居)、世界救世教、真光、白光真宏会など、様々な弟子を生んだ。


・植芝盛平:合気道の精神的な生みの親。大本での修行。


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などなど。


井村氏は、「霊術とは、国(体制)が認めない人生諸問題の解決法である」と表現されている。

「精神統一」という言葉自体も、実は大正期の霊術家、清水英範が作った言葉らしい。(知らなかった・・・)






甲野先生の本では、「裏の体育」で最も重要な概念である「丹田」に移ります。


仏教の「禅」。鈴木大拙を始め一般によく知られていますが、過去には廃れて歴史から消えようとした時代がありました。その後、禅の再興では、古典的霊術である「神仙術」の世話にもなっているとのこと。(臨在禅である白隠の「夜船閑話」など。) 



丹田には上丹田(眉間)、中丹田(胸の中央)、下丹田とあります。

一般的な丹田(気海丹田)は下丹田を指す事が多いです。


(下)丹田は、臍の下5-7cmくらい下にあるとされ、そこからお腹の中へと向かい、腹の厚みの約3分の1奥にある重心点のようなところを指します。


西洋医学のように解剖して出てくる臓器ではありません。

丹田は客観的説明ができないもので、体を通してそれぞれの技術の道を“行“によって体験体感する時に自覚されるもの。そうして「腑に落ちて」理解する必要があります。



「丹田」の元々の語源は、不老長寿の丹薬の稔る田の意味。


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丹田が表の体育で本気になって検討される時は、理科系も文科系もひっくるめた新しい自然観察学、人間探求学とでもいうべきものが芽生えてきたとき。

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武術が全科的体育になる必然的理由は、わずかな気配も敏感に察しつつ、しかも動じないといった、いわば鈍さと鋭さを同時に兼ね備えたような状態が必要となる。


武術は、いわば矛盾した心身の状態を矛盾なく体の中で感覚としてとらえることができるようにならねばならず、そのために武術の稽古は“精神修養”であるとも言われてきた。

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丹田がバランス点として機能するという実感は、私の場合、下腹中にリスか何かの小動物がまるまっているような奇妙な存在感と温かみとなった感じる。

丹田を充実させるというのは、下腹に力を入れる、というよりも、自然と力がこもる、という表現の方が適切である。

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昔、武術その他技芸の世界で、雑用ばかりで手ほどきをしてもらえなかったというのは、このことが本人の自発的情熱を誘引し勘を育て、基本の大切さをおぼろげながらにでせよ実感させてゆくすぐれた教育方法であり、義務や強制によるものとはまったく異なった稽古方法であったということである。

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→「丹田」を理解することは、西洋医学とは別の観点で人体をトータルに見て行く事へつながります。

脳や頭中心の医学だけではなく、お腹や人体のバランス・重心から全体的に人体を見て行く医学。

その重ね合わせで、医学は進化していくように思えます。



自分も丹田呼吸は日々行っています。

甲野先生がおっしゃるような『下腹中にリスか何かの小動物がまるまっているような奇妙な存在感と温かみ』というのはとても興味深い。





ここから、この本のメインテーマでもある正中心道(聖中心道)肥田式強健術の創始者、肥田春充の話しに移ります。

甲野先生は、肥田翁を「表と裏を結んだ唯一の人物」と紹介しているのです。まさにこの本のメインテーマとなるにふさわしい!



甲野先生の本で引用されている肥田春充ご本人による「聖中心道 肥田式強健術・天真療法」は、すべてが驚きの連続!切れ目のない長文なので、このブログで紹介することは難しく。




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「聖中心道 肥田式強健術・天真療法」より





中心から出る力は単なる機械的な体力ではなくして、それには生命と光と道とが織り込まれてある。

剛くて柔らかだ。重くて軽い。そして輝きながら、潤っている。

まさにこれ力の最絶妙。


これは完全なる姿勢によって起こる。

腰腹同量の力であって、些かの雑念があっても、駄目だ。


否、正しい力が出来た場合には、一切思考の器官はピタリと停まって仕舞う。

精神作用は突如として停止される。

清明である。静穏である。聖美である。

これを何とたとえようか。

日蝕のとき、太陽面に見える、奔騰数万理にわたる紅焔といおうか。

あるいは、富士山嶺の夕暮、七色の雲の中に閃く電光といおうか。

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→これが「丹田」という誰もが持つ人体の中心点(聖中心)を極めた人だけが到達する崇高な世界。





この聖中心道 肥田式強健術を絶賛した禅僧の飯田欓隠老師(とういん)の感想が、面白い。


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私(肥田春充)が静かに姿勢を決め、正中心に力を込むるや、たちまち眼光を据え、身体を乗り出し、非常に熱心な態度を持って見詰められた。


「今やられたのは道と一体だ。活ける道だ。道は死なない。

近頃流行の健康法には死が伴う。不死の法でなければだめだ。素晴らしいものですなぁ。

自我の認むべきなし。絶対無我の境地だ。無我は大我で、宇宙と合体する。

天地宇宙と一体となること、これ即ち大悟徹底の域。

いまあなたがやられた瞬間、光が全世界を照らした。盲者の見ざるは日月の咎にあらず。

いいですな。道なるかな。未知なるかな。至妙の極致だ。・・・」

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→老子や荘子の言う「道(Tao)」という状態まで肥田春充は到達する。


そういう意味で、人間の「からだ」という内なる自然を誠実に真摯に追求すれば、宇宙の根本原理にまで到達していくのでしょうう。まさに「至誠は天に通ずる」のだと思う。




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肥田春充「肥田式天真療法」


我が師は、天、我が学ぶものは、自然、我が修むる処は、正中心、我が楽みは、労働、我を養うものは粗食である。

人が病気になるのは、凡て自然の道にそむいたからである。

健康治病の道は平凡であるぞ。

平凡の真こそは、偉大なる力である。

平凡の道こそは、玄妙の極致である。

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友よ。

強くなる道も、病を癒す法も、凡ては我々自身の衷に、ことごとく与えられ、備えられている。

無限の天寵(てんちょう)を、私共は仰いで、至誠の神に、感謝せねばならぬ。


サラバ。病床の同胞よ。

御身は感激の涙を以て、活ける宇宙の力を、御身自身の正中心に汲まねばならぬのである。

筆をおくに臨んで、私は繰り返して言う。

凡ては御身に供えられてある‐‐。


昭和十一年三月三十日 筆者誌

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→肥田春充は、子供の頃にどうしようもなく病弱で、何度も生死をさまよった。だからこそ、自分の身体を深く見つめた。人生をかけて身体という誰もが抱える自然を極限まで追求した。

そんな背景を持つからこそ、体が病弱で困っているひとたちへ、”友よ”と語りかける暖かい眼差しも忘れない。



肥田翁の修行の行きつく果てには、難解な計算を瞬時に行ったり、目隠しをしたまま隣室で広げた本を読める現象までも起こり始めた。人間業を超えた領域にまで五感や第六感は無限に拡張していったようだ。


「私は自分ながら不思議な事は、超時間計算と透視がどうして出来るのか、今もって自分にも分らない。」と、本人も語っているくらい。



この辺りの肥田春充のすさまじさや誠実さ真摯さは、本を読んでほしい。


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肥田春充のエピソード

・中央大学法科・明治大学政治科・明治大学商科・早稲田大学文学科という三大学四学科に同時に入学、トップクラスの成績で同時に卒業。 (試験の答案は十分ほどで埋めた)

・メモを持たずに百数十箇所の数字や数十篇の名文名詩を含む内容の講演を行う。

・ソロバンの名人よりも早く二十桁程度の暗算ができた。

・ランダムな3桁の数字が書かれたサイコロを50個くらい一度に振る。 バラバラに落ちたすべてのサイコロの表裏の総和を瞬時に言い当てた。

・目隠しした状態で矢を射て、百発百中で針金に当てることが出来た。

・姿勢を正しただけで凄まじい気迫を発するため高名な武道家も触れることすら叶わなかった。 近衛歩兵隊に入営しても一度も上官から殴られることがなかった。

・新興宗教と対立し訴訟を起こされる。裁判所で訴訟相手を一喝したところ、 相手の教祖と裁判官がひっくり返って気絶した。

・日本刀・木刀などを持った十二人の刺客に襲われるも撃退。刺客たちは春充に弟子入りした。

・机を殴ったら、手のひらの形に抜けた。

・丸太を踏みつけると、踵の形を残してへし折れた。

・9mの直線を一筆書きした。(中心○)


愚かな争いを続ける人類の未来に絶望し、断食の末、命を絶つ。

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自分も、生まれながらに誰もが与えられている身体や精神を、一生かけてコツコツと考えて行きたいと、思いました。肥田春充という超人?に興味をもたれた方は、この辺りもご参考に。










○肥田春充先生実演映像

(実際の映像は、やはりリアル・・・・)







最後に、甲野先生から「イメージ法」の重要性と注意点が。

経験豊富な方からのこういうアドバイスは、とても参考になります。


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イメージを思い浮かべるという事は極めて大切なことである。


だからこそ、聖書にも

「その言った事は必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、その通りに成るであろう。

そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求める事は、すでにかなえられたと信じなさい。

そうすれば、そのとおりになるであろう。」

とあり、仏典にも

「三界は唯一心にして、心外無別法」

と、いわゆる「念ずれば現ず」のイメージ法の原理がとかれているわけである。

だからこそ、何度も言うがイメージの持ち方は大切にしなければいけないのである。

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イメージ法は人間のみに与えられた恐ろしく有効な武器であり、

したがって、その用い方には深い自然観察の目と身体と遊離しない感覚、感性が必要である。

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最後に。

この「表の体育 裏の体育」を手にした人への熱いメッセージが添えられて、同書は終わります。

「人体」に興味がある方は是非是非!お買い求めください。

人間の果てしない可能性を感じ、思わず謙虚にならざるをえません。

素晴らしい本。

色んな意味で、衝撃的な本でした。




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「自分で自分の生死に責任を持つ」という気骨を奪った医療の過剰干渉が挙げられる。

今は何かと言えばすぐ「医者に相談を」である。

これでは自分で自分の身体の責任を持つ、という人間としての基本的独立心が、まず未成熟にさせられてしまう。


そして、体自身が本格的に丈夫になろうとする働きを削ぐものに、各種の予防注射は新薬の投与があげられる。

「子供は親から受け継いだ体質の弱点や病気の傾向を、発熱その他の身体の自浄作用で改善しようとしている」

ということは、すぐれた裏の体育や医学では戦前から主張されており、

「病気をつかいこなすことで、体は本質的に丈夫になれる」という名言もあるのである。

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私は、この状況の中、もはや“絵に描いた餅”のような希望に踊らされている人たちや、本質的なことを考えると「クラクなるからいやだ」と言って、目先の利益や興味に狂奔しているような無責任な人間ではなく、この絶望的になりつつある状況の中、それでも“生きる”ということの本質を追究しようとする真摯な人たちと、どれほど困難な状況の中でも希望を失わない“筋金入りの明るさ”をもった人に語りかけるために、またそういう志を持った人が一人でも多く出る事を心から願って本書の筆を起こしたのであって、単なる科学文明批判の本ではない事だけは、すべての読者の方々に理解していただきたい。

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