甲野善紀、小池弘人「武術と医術 人を活かすメソッド」( 集英社新書、2013)



武術研究者の甲野善紀先生、統合医療の医師、小池弘人先生の対談本「武術と医術 人を活かすメソッド」 (集英社新書) (2013) を再読。

とても興味深く刺激的。面白かったです。


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<内容(「BOOK」データベースより)>

経済を優先するあまり、自然環境のみならず伝統的な人間のつながりをも破壊する現代文明への疑問から武術の世界に身を投じた武術研究者、甲野善紀。

一方、西洋偏重の医療界に限界を感じ、代替医療を選択肢に入れた統合医療を実践する医師、小池弘人。

この二人が、科学、医療、スポーツ等における一方的な「正統性」を懐疑し、人を活かすための多様なメソッドを提言する。

特定の見方、方法論の呪縛を離れ、虚心にリアルな生に向き合う事で、自分自身にとっての人生の「最善手」が見えてくる。武術と医術の叡智が交錯するスリリングな対談。

<著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)>

甲野/善紀 1949年、東京都生まれ。武術研究者。長年の武術研究で得た身体技法は幅広い分野で注目される

小池/弘人 1970年、東京都生まれ。小池統合医療クリニック院長。群馬大学大学院医学研究科卒業。

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甲野善紀先生との最初の出会いは、「表の体育 裏の体育―日本の近代化と古の伝承の間に生まれた身体観・鍛練法」という甲野先生のデビュー作の本に圧倒されたから、です。何度かワークショップにも行き、その技には圧倒されっぱなしでした。



武術(や古武術)の世界を通して、人間の身体の可能性を追求されている甲野先生、細かく専門分化された医学を統合する「統合医療」を実践される小池先生。お二人の、新しい可能性に開けた対談はスリリングで刺激的でした。



琴線に触れた箇所を箇条書きと追加コメントでご紹介。


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・甲野先生が大学2年生のとき、ヒヨコの雄雌鑑別をして、雄ヒヨコを処分する作業を見た(雄は子供を産まないため)。雄雛は巨大なプラスチックの容器に放り込まれ、その容器がいっぱいになると長くつで踏みつけ、さらに入れていた。踏まれた時の雛の悲鳴は、今でも耳の底に残っている。経済優先の血も涙もない畜産の実態をまざまざと知った。

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→他の本にもこのエピソードをかかれていた。このエピソードは、聞いているだけで胸が痛みます・・。



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・同じ生きとし生きるものの生命に対しての礼がある。

・玄米自然食で、現代医学で見離された患者が奇跡的に回復したケースも見た。面子や体裁に拘って、自らの体系を改めようとしない、そうした医学界や栄養学界に激しい怒りと、それを何とかしたいという使命感のようなものが芽生えたのである。

・『禅の無関門にある百丈野狐の話、「大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や」で、不落因果(因果に落ちない)も、不昧因果(因果はくらまし消すことはできない)も、どちらかに断定することは皆間違いだ、という所と、光が波か粒子かで大論争になっていたとき、アインシュタインが光は波であり、同時に粒子でもあるという「光量子仮説」を打ち出した経緯を知ったことが大きかった。』

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→どちらか、ではなくて、どちらも、な事が多い。矛盾するものは常に同居できる。人間存在そのものが、常に相矛盾するものを同居させている、その象徴のはずで。



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・『現代のさまざまなややこしい問題の根底にあるのは、見栄やメンツにこだわり、ただ自分の地位や立場を守ろうとする欲である場合が、そのほとんどを占めている。』

・少しは息のしやすい社会に変えて行きたい

・批判する人は実際、本当に詳しく調べてなんかいない

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→同感!


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・大阪八尾の甲田光雄医師、森美智子さんの症例

・冬眠、すなわち絶食状態を作ると言う事が、その個体の健康を保つのに役立っているのではないか。

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→森美智子さんは、西洋医学では不治の病とされる脊髄小脳変性症を、断食・生菜食療法24年、1日青汁1杯で丸13年にて自力で治癒。今は大阪府八尾市で鍼灸院を開業されていることで有名な方。

森美智代「食べること、やめました」―1日青汁1杯だけで元気に13年 」マキノ出版 (2008)に詳しい。現代医学、栄養学がまだまだ遥か未完成であることをよく物語る実例で驚きます。



千日回峰行の酒井雄哉さん(延暦寺 山宝院住職)の食生活も似たような超小食で超人的な荒行をされている。医学も栄養学も常識を疑って謙虚に検証していく必要があるのでしょう。




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・体をどう捉えるのか、ということが医療の根本

・『互いに矛盾した医療の考え方も統合医療は統括して扱っていく。「活きたものは皆無限の対立を含んでいる」とする哲学者の西田幾多郎は、「最も有力なる実在は種種の矛盾を最も能く調和統一したものである」と述べています。』

・整体協会の野口晴哉先生、鹿島神流の国井善弥、佐々木正之進などの例。

・生きている人間は理論通りになっていない

・野口晴哉先生の「わ」と「へ」の違い。『「食わない」として断食の療法のつもりでやれば、それがかえって健康になるけれども、海で事故に遭い、漂流して「食えない」状況になると急速に衰えてくる。』

・正反対の説が盛んに言われていて、その間が真空地帯になっている

・雀鬼 桜井章一氏:裏が表に出てくるということは、表の力が弱ってきたから。

・野口裕之 野口裕之氏:人の身体を観ると言う仕事に就いていて、医師とは違って法律に守られていない立場の者は「技術を磨かざるを得ない」と話されてた。

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→色んな道のプロが言われていることには、それぞれの真理が必ず含まれている。そうした知見を素直に受け取って、個別に検証する必要がある。多様性とは、やはり全員が違う、という当たり前のことなのだから。



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・「縮退」、その人の関心が集中している事を把握する。その人の関心やエネルギーがどこに「縮退」しているかを考えてみる。

・「科学的」という呪縛

・論文と言う形態で無理やりまとめなければ認められないために、すごく貴重でユニークな研究が陽の目を見ない恐れがある。

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→「科学的に考える」ということは、できる限り理性的であろう、という態度を示す事だと思いますが、今は「科学的じゃない」という曖昧な言葉でものを大切なものを切り捨てるために誤用されているような気がします。

「科学的」とは、本来は対象に対する「態度」のことを示す言葉だと思います。

何でも虚心坦懐に接し、極力理性的であることを自分に課し、常に前提を疑い続ける自由な態度のことを。




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・テンセグリティ構造:張力による統合。フラーの造語。1か所を押さえたら負荷が全体に散る。このことと甲野先生の技との類似性。

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→テンセグリティ構造の考えは、人体で言えばロルフィングが近い。


テンセグリティー (Tensegrity)は、バックミンスター・フラーにより提唱された概念で、Tension(張力)とIntegrity(統合)の造語。テンセグリティは構造システムが破綻しない範囲で、部材を極限まで減らしていったときの最適形状の一種とも考えられている。




<ジオデシック・ドーム(1967年モントリオール万博アメリカ館) バックミンスター・フラー>  (出典: Wikipedia)



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・人間は基本体型が4足構造。手で何かつかむ動作では肩が前にのめってしまいがちだが、引っ掛けるような動作には強い。針での経絡も、四足が前提で、陰と陽が決まっている。背中が陽で腹側が陰。

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→そうなんですよね。人体って、4足構造から直立して進化したとされるわけですが、その過程で上半身と下半身のねじれが逆になっているんです。直立すると、手の肘が後ろ向きになるのに対して、足の膝は前向きになりますよね。上半身と下半身が逆向きにねじれていることを知ることが、おそらく甲野先生のような常識離れした身体技法を考える上で、非常に重要な点だと思うわけです。





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・自在キャスター:風見鶏と同じ原理。車輪を支えているベアリングの部分が真ん中よりずれてついているから、進もうとする方向に対して、常にその負荷を最小にしようとするので、押されてすすむ方向に自動的にくるんと車輪が向く。自在キャスターが色々な物の下につきだしたのは、阪神・淡路大震災辺りから。大正の頃に発明されていたものが、グランドピアノなど一部の下にはついていたものの、一般に広く普及するには時間がかかっている。

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→こうした当たり前で深く考えていない実例は、本質的なことを示していて、面白いですね!



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ジェイ・ボールドウィン「バックミンスター・フラーの世界」

『ある概念をあまりに深く明確に照らすデザインが出現すると、それと同時に、それを利用する人々が、その概念のない生活がどのようなものであったかをもはや思い出せなくなる。』



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ウィリアム・ジェイムス「プラグマティズム」

『ご存知の通り、新しい理論があらわれると、まず不合理だといって攻撃される。

次に、それは真理だと認められるが、分かり切ったことで取るに足らない事だといわれる。

最後に、それはきわめて重要な物になって、初めそれに反対した人々も、その理論は自分たちが発見したのだと言い張るまでになってくる。』



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→このウィリアム・ジェイムスの発言は座布団10枚!!



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・「矛盾を矛盾のまま矛盾なく」

・プロの職人の弟子は、雑用ばかりで仕事をやらせてもらえないことが多い。

これは失敗経験をさせないという意味もあったのではないか。

もちろん、ものによっては失敗して学ぶということもあるのでしょうけど、何が失敗なのかよくわからないというくらいになってしまうと、すごいレベルに行ける事がある。

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→確かに、「失敗」という概念がなければ、そのものはこの世に存在しない。それは遥か高いレベルを目指す人の世界に似ている。

「病気」も、その概念がなければ、そんなものは存在しないのと同じ事だろう。医療が「病気」という概念を無理やり押し付けるのは、必ずしもいい事ではなく・・・。






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・統合医療もたった一つの正しい答えというものはないよいに思うのです。正しい方法を探すのではなく、間違った方向に向かわないようにするという考え方をすることが大切なんです。

・身体の感覚の変化というのは、それこそいろいろな形でその人の価値観を変えるようです。しかも普段、いわば体にへばりついている、日常の自分の体を維持しているような感覚に、より近いところを揺さぶってやれば、何か大きく変わるということはありますよね。

・少し不安定な状態にした方が体全体が鋭敏になる。

・今までずっと続けてきた思い込みを時に大きく変えてみる事は必要。

・「二分割思考」への安易な選択を踏みとどまらせる

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体への深い視点に満ちていて、とても勉強になりました

刺激に満ちたいい対談でした。


勉強することたくさんあるなぁ。

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