橋を架け、渡る。

5月30日(日曜)(AM1030-1055)のFM軽井沢『今こそ永遠』(5回目)をお聞きになっていただいた方、ありがとうございました。

今回は、「日常の世界」への復帰の話と、「困難」へかける橋に関しての話になりました。

このラジオは、音楽からInspirationを受けて話す内容が思いつくのですが、Simon & Garfunkel「Bridge over Troubled Water」がきっかけです。



自分は、長く関わっていた大学病院時代に、心臓血管の治療や先天性心疾患の研究や臨床、そして学生教育に携わってきました。最先端医療をある程度やりつくし、次のステップとして町づくりに根差した現場に移りました。

もともと、「困っていることを解決する力になりたい」と思い、医の道を志しています。ところが、現代の大学病院はひじょうに専門化・細分化していて、違和感があります。たとえば心臓を例にしても、冠動脈という数ミリの世界を究めていくことだけに従事します。あまり局所にフォーカスしすぎることで、専門性は深まっても、その人の身体性や生き方の全体からどんどん離れている仕事をしている気がしたのです。

病名をつけて薬や治療を与えることが医者の仕事だと思われていますが、むしろ、相手を「病気の世界」から「日常の世界」へと引き戻すお手伝いをすることが、より本質だと思っています。

ある高齢の方の話です。

胸も痛いし頭もいたい。全身もしびれる。いろいろな全身の症状がある。あちこちの病院で検査してもらったけど検査は異常ない。原因不明でお手上げと言われたとのことでやってきました。西洋医学の原因がはっきりしないなら、原因検索で過去ばかり見るよりも、視点を未来に移していく必要があります。

色々な話を重ねていくと、一番の困りごとは『夜眠れない』ことがとにかく最悪だ、とおっしゃります。

そして、家に閉じこもりきりで、毎日に楽しみがまるでないのだ、と。

1日を生きた実感がない。だから、「眠るに眠れない」状態だからから、眠れないのではないか、と感じました。そう考えると、ある意味では体からすると合理的な対応だとも言えます(頭は不満でしょうが・・・)。

そこから、打開策のヒントとなる鍵を探すように、人生を紐解いていく作業にはいります。

なぜなら、生き方に客観的な方程式などなく、その人の過去の人生の流れの中にこそ、現在や未来を接続する種はあるはずだからです。どこかで進路がずれたなら、今からでもその補正を行っていく・・。

若い頃に夢中になったことを聞くと、「習字」「書道」という言葉が突然飛び出てきました。

数十年前のころ、書を書くのが得意で賞ももらったこともあると、懐かしそうに話すんです。

はじめて、前向きの話が出てきたんですね。それまでは、すべてが後ろ向きの話で、何かその人自身とは思えない言葉や声ばかりで、これは誰かからの情報汚染ではないかとすら思ったのです。

この人の本当の言葉や声が出て来るには、そういう厚い地層をめくるようにしながら吐き出してもらう時間が必要です。言葉という手動のコップで固い地盤を掘るには時間が必要で、こちらが待つことも必要です。

「そんなに書を書くのが好きだったなら、今日から習字を始めませんか? なんなら僕の名前を書いて見せてくださいよ」と、お願いしたのです。

「習字」という思わぬ処方箋に、驚いた様子の老夫婦でしたが、ご主人が準備を手伝いはじめました。女性は数十年ぶりに習字を再開することになりました。以来、毎日筆をとるようになり、体の「違和感」や「不快感」の関心へとそそぐエネルギーは、習字に注ぎ込むエネルギーに変換されたようです。進路が変わり水路が切り替わりました。もちろん、この移行作業・地盤作業には数か月かかっていますが。

習字という楽しみができたことで、ご夫婦はだんだんと笑顔も増え、夜も眠れるようになり、体調も結果的に改善していきました。

西洋医学は、「病気を治すから元気になる」と考えますが、伝統医学は「元気になるから、病気が気にならなくなる」と考えます(これは自分の解釈です)。

家族や夫婦としてせっかく同じ屋根の下に住んでいて、共に解決したい、と本気で思うなら、やはり共に共同創造できるような初期条件が大事なんですね。

孤独な戦いではなく、共に協力しながら共同創造していく。では何を創るのか。その何かを発見するためには補助線が必要ですが、補助線のヒントは本人が過去に熱中したもの(それが他者からくだらない、と思われようとも一向に構わないのです)の中にこそ隠れていると思います。

たとえば、毎日習字が楽しみだ。ご飯も美味しい。夜もよく眠れる。

そうなれば、その人はもう病気とは関係ない地平に立てたのではないでしょうか。そこから、また次のステップが「人生という形式」で始まります。

よく『健康になるにはどうしたらいいですか?』と聞かれますが、最短の答えは『毎日を楽しく充実して生きること』に秘密があると思っています。

障害や持病があると、自分は健康ではないと思う人もいるかもしれません。

でも、それは人との比較でしかないのです。

毎日に生きがいを感じて、おいしくご飯を食べてぐっすり眠ることができれば、健康だと胸を張っていい。健康は自分自身でつくれるし、決めていい。

私たち医療者は、患者さんを「病気の世界」に引きずり込み続けるのではなく、日常に戻すお手伝いをするのが仕事でもあると思います。底なし沼から引っ張り出すのです。

そして、どうやったらその人が『毎日が楽しくて生きていてよかった』と思えるか、その人らしく生きられるかを一緒に考えることが本来の役割ではないでしょうか。



すぐれた芸術は「生きる力」を高めてくれると自分は思います。

芸術が果たす医療的な効能として、色々なものが発見できるでしょう。

例えば、穏やかで調和的な美の世界。水墨画や日本画などの芸術は、見る人の心を浄化し清らかにお掃除して、心地よい境地へと導いてくれる作用があります。

もう一方で、岡本太郎や横尾忠則のような毒を含んだ芸術の世界もあります。こうした作品は、自分を日常世界から引き剥がし、異次元の世界へと連れていく力があります。

大きな海、大きな山を見たとき、自分の悩みがちっぽけに思えてくることがあります。それは視点の移動により、囚われた閉鎖回路(closed circuit)から抜け出たわけです。

とらわれた世界から、自分を一度大きくひきはがし、再度新たな日常へと戻してくれたのです。

優れた芸術はそういう働きがあります。自然界の中に多くの人工世界を創り上げた人類は、雄大な自然、光や水の神秘、朝日や夕日の動き、動物や昆虫の生き死になどを見る機会が減りました。

わたしたちは、古代の縄文人とはリアリティーが変容してしまったのです。

ただ、そうした変容し続けるリアリティーを、わたしたちは、芸術という「術」を駆使することで、新しい時代を創造し、生き抜いてきました。こうしたチャレンジは、この宇宙や地球が果てるまで、人類がいる間は果てしなく続く流れとも言えるでしょう。

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今回、ラジオでご紹介した曲は、Simon & Garfunkel「Bridge over Troubled Water」(1970年)。

この曲を中学生の時にレコードで聞いた時、すごく感動した共に不思議におもったことがあります。

邦訳が「明日に架ける橋」です。「Bridge over Troubled Water」という原題の「Troubled Water」が全く出てこないことに、翻訳の謎を感じたのです。



●Simon & Garfunkel - Bridge Over Troubled Water (Audio)



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『 Bridge over Troubled Water』1970年)

作詞・作曲:Paul Simon

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When you're weary

Feeling small

When tears are in your eyes

I will dry them all

もし君が疲れ果てて

ちっぽけに感じたり

涙が溢れてくるときは

僕がそれを拭い去ってあげよう

I'm on your side

When times get rough

And friends just can't be found

Like a bridge over troubled water

I will lay me down

Like a bridge over troubled water

I will lay me down

僕は君の味方さ

つらい時が来て

友達がいなくなってしまった時も

困難の上に架かる橋のように

僕がこの身を捧げよう

困難の上に架かる橋のように

僕がこの身を捧げよう

When you're down and out

When you're on the street

When evening falls so hard

I will comfort you

君が落ち込んで

通りをさまよい

一日の終わりがつらく感じるなら

僕が慰めてあげよう

I'll take your part

When darkness comes

And pain is all around

Like a bridge over troubled water

I will lay me down

Like a bridge over troubled water

I will lay me down

僕が君の支えとなろう

闇がおとずれて

苦痛が取り囲んだとしても

困難の上に架かる橋のように

僕がこの身を捧げよう

困難の上に架かる橋のように

僕がこの身を捧げよう

Sail on Silver Girl,

Sail on by

Your time has come to shine

All your dreams are on their way

こぎ出すんだ  Silver Girl よ

こぎ出すのさ

今こそ輝く時

君の夢は続く道の先に

See how they shine

If you need a friend

I'm sailing right behind

Like a bridge over troubled water

I will ease your mind

Like a bridge over troubled water

I will ease your mind

あの輝きを見るのさ

もしも友が必要なら

僕がすぐ横にいるから

困難の上に架かる橋のように

僕が安らぎを与えよう

困難の上に架かる橋のように

僕が安らぎを与えよう

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困難(Troubled Water)は誰にでも必ずやってきます。

でも、その困難の激流(Troubled Water)をそのまま渡ろうとすると、おそらく渡れません。troubled waterの中に突っ込んでしまうと、下流に流されるか、溺れてしまうのです。

そのとき、自分はいつも Paul Simonの歌詞のイメージが湧きます。

つまり、 そうしたトラブルをはるかに超える大きな橋を架け、上から下流を見下ろするようにして違う地平で激流を飛び越えていくのです。

そうして橋を架ける視点を得ること、大きな視点や視野で見るために、芸術や音楽の力があると思うのです。それは医療も同じだと思います。

病名をつけて診断して薬を出す、という行為だけではなく、その人が向き合って対峙している困難な状況に橋を架け、まったく異なる地平に架かる橋を渡って困難を乗り越えていく。

そうした力を与えるのも、本来的な医療の役割ではないかと思うのです。そうした次元でこそ、医療も芸術も同じ地平に立てるのではないか、そんな未来へ足を進めたい、と、コロナ禍で困難が続く中、よく思います。

どれほど辛い境遇を生きてきた人も、今、あなたは生きているじゃないですか。すでにいろんな困難を乗り越えてきた証です。

未来は、必ず創造的に解決できます。

困難に橋を架けるには、今までにない別の視点、新しい目こそが必要なのです。

そのヒントは、この自然界に人間界に、星のように散らばっていると思います。




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ラジオの最後に、Nina Simone「Trouble In Mind」(1965年)をご紹介しました。古いブルースで、色々な人が語り継いできた曲です。

ブルースは、個人の人生を謳う人間賛歌だと思います。

「Trouble In Mind」というタイトルは、心にトラブル(問題・悩み)を抱えている、という意味です。

歌詞でも、「悩みはある。これ以上悩みたくない。でも、いつかは私の背中を明るい日差しが照らすだろう。」と、高らかに謳いあげられています。


●Nina Simone - Trouble In Mind (1960)


次回の「今こそ永遠(えいえん)」は、6/27(Sun)(AM10:30-10:55)です!

また、次回、お聞きください!

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第5回 「今こそ永遠(えいえん)」    

1曲目:Simon & Garfunkel「Bridge over Troubled Water」(収録アルバム:Simon & Garfunkel『 Bridge over Troubled Water』1970年)作詞・作曲:Paul Simon

2曲目:Nina Simone「Trouble In Mind」(収録アルバム:Nina Simone『Pastel Blues』(1965年))(2分40秒) 作詞作曲:リチャード・M・ジョーンズ

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補足(蛇足?)


「Bridge over Troubled Water」(明日に架ける橋)は、エルビス・プレスリー版も、最高に素敵です!!


●Elvis Presley - Bridge Over Troubled Water (April 1972) [HD]




●Elvis Presley - Bridge Over Troubled Water - 4 August 1970 Rehearsal - Re-edited with RCA audio





Nina Simone「Trouble In Mind」は、『Nina at Newport』(1960年)にあるNewport Jazz FestivalのLive版も、最高に素敵です!!


●Trouble in Mind (Live at Newport Jazz Festival)