「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」&坂本龍一さん
鹿教湯温泉に行き、古いポスターを見つけて驚いた。
1982年、鹿教湯温泉で開催された「’82 マイコン・イン 鹿教湯温泉」。
そこに写っていたのは、若き日の坂本龍一だった(かっこいい!)。


温泉と坂本龍一。湯治場とマイコン。
一見すると、まったく結びつかない。
でも少し調べてみると、このポスターの中には、1980年代という時代そのものが凝縮されていた。
鹿教湯温泉は、古くから湯治と療養の土地として知られてきた場所だ。身体を休、病を癒す。しばらく日常を離れ、自分の身体を土地に預ける。
温泉とは、単にお湯に入る場所ではなく、もともと「滞在しながら身体と生活を組み替える場所」だった。
そんな鹿教湯が1982年、未来の象徴であった「マイコン」を温泉地へ持ち込んだ。
「マイコン・イン」は、子どもたちにコンピュータに触れてもらう、いわば滞在型の学びの試みだったという。そして、その広告の顔として登場したのが坂本龍一だった。
当時の坂本龍一はYMOの活動を通じて、シンセサイザーやコンピュータ、電子音を駆使し、誰よりも鮮やかに「未来の音」を鳴らしていた。
彼は音楽家という枠内に留まらず、人間と機械はどのように共存できるのか。テクノロジーは創造性を奪うのか、それとも拡張するのか。その問いを、音楽そのもので提示していた、時代を先取る革命家だった。
(ちなみに、坂本龍一さんは1982年に映画『戦場のメリークリスマス』撮影で南太平洋・ラロトンガ島へ行っていた時期)
一方、エプソンもまた1982年、まさに大きな転換点にいた。
現在のセイコーエプソンにつながる企業が「EPSON」というブランドを前面に打ち出し、携帯型コンピュータHC-20を世に送り出していた時期である。そして坂本龍一は、そのHC-20の広告にも起用されていた。
つまり、この鹿教湯のポスターは、鹿教湯温泉、エプソン、坂本龍一、マイコン、子ども、教育・・・。それらが一つの場所に集まり、「これからの時代、人間はどのように学び、遊び、生きるのか」という未来像を描こうとしたプロジェクトだったのだと思う。
面白いのは、古い湯治場と最新テクノロジーが矛盾していないことだ。温泉では、日常から離れ身体を休め、長く滞在しながら新しいことを学ぶ。
そこにマイコンを置けば、温泉地は突然、未来の学校にもなる。
現代の言葉で言えば、【ウェルビーイング・リトリート × デジタル教育 × サマーキャンプ?】のようなものだったのかもしれない。
しかも、この企画は時代を少し先取りしすぎていた。1982年には、まだ家庭にコンピュータが当たり前にある時代ではなく、子ども向けの企画としては、十分に広がらなかったらしい。
けれども、失敗した未来予測ほど面白いものはない。なぜなら、40年以上経った現在、私たちはまさにその未来の中にいるからだ。
パソコンどころか、一人一台スマートフォンを持ち、AIと会話し、どこからでも学び、働く。その未来を、鹿教湯温泉は1982年に少しだけ先に覗いていた。そして、その未来の顔が坂本龍一だった。
温泉は「古い文化」ではない。音楽も、テクノロジーも、医療も、教育も、本来は分かれていない。すべては、人間がどう生きるかを考えるための文化なのだと思う。
鹿教湯ではかつて、温泉と医学が出会い、戦後には温泉とリハビリテーションが出会い、1982年には温泉とコンピュータと音楽が出会った。
土地には、ときどき不思議な記憶が埋まっている。
古いポスター一枚を見つけることで、その土地が一瞬だけ夢見た未来が見えてくることがある。
湯けむりの向こうにマイコンがあり、マイコンの向こうに坂本龍一の音楽があり、その向こうに、まだ誰も見たことのない未来があった。
温泉とは、過去へ戻る場所であると同時に、未来を考える場所でもある。
だからこそ、みなさん温泉に行きましょう。
お風呂でマインド風呂ネスな気持ちになりましょう。
温泉には過去と未来と現在とがすべて詰まっています。
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