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集英社 学芸の森「開かれた円環に、いのちは宿る ―ゆらぎから立ち上がる世界のかたち」

  • 5月4日
  • 読了時間: 2分

集英社 学芸の森 Webで、静かにひそやかに、連載しているテキストがUpされました。


森美術館での藤本壮介展とも関連し、大阪万博、太陽の塔、「いのち」など、目的もなく書き綴っています。

どうぞよろしくお願いいたします。


●「第2部 第2回 開かれた円環に、いのちは宿る

――ゆらぎから立ち上がる世界のかたち」



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人が集い都市や社会や共同体が生まれる。

「なぜ人はバラバラになり、そして集うのか」。

これはまさにプリゴジンが述べる「ゆらぎ」と「散逸構造」の関係性とも言えるものです。

あるシステムが限界に達すると、小さな「ゆらぎ」が抑えられずに増幅され、増幅されたゆらぎがきっかけとなり、新しい秩序(散逸構造)へ再構築されます。


この「ゆらぎによる秩序」こそが、生命や社会のあり方そのものとも言えます。

人が集まり、ある人数以上になるとバラバラになり、そしてまた小さな秩序が生まれるようにして集まる。都市や社会は、こうして不安定だからこそ生きています。


そうした人間の生命活動と建築空間をどう接続させるのか――それは本質的には「哲学する建築」という問いなのです。

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人間は、「いのち」の役割を終えて死を迎えると、いずれ雲や山、水や土のような存在物へと溶け込んでいきます。

有機物と無機物との区別はこの現世の中での一時的なものです。


この世がそもそも仮の宿であると考えられていたことは、「常世(とこよ)」(あの世)に対して、鏡のように映し出した世界が「現世(うつしよ)」(この世)であると考えられていた「コトバ」の中に保存されています。

ほんの100年ほど前のコモンセンス(共通感覚)だったのかもしれません。

雲には水として、山には菌が分解した養分として、霊は帰り祖先として、死者は、土に還り、天に昇り、循環の環そのものとなるのです。

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