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潮岬 橋杭岩 きよもん湯

  • 11 時間前
  • 読了時間: 3分

温泉DEマインド風呂ネス・湯トリート@WAKAYAMA Well-being Month 2026.


2日目は椿温泉を出て、和歌山の南側をぐるっと回りながら、南紀勝浦まで向かう。


和歌山県の南側、串本町にある潮岬は「本州最南端」だった。確かに、そういわれて日本地図を見てみると、和歌山が南側に飛び出ている。




紀伊半島は、地質学的には「海洋プレートが大陸の下に潜り込み、海底の地層を次々と削り取って押し付けられた」ダイナミックな歴史を持つ地域。



南紀熊野ジオパークで学んだところ、紀伊半島は異なる地球年代の3つの地質体(付加体、前弧海盆堆積体、火成岩体)が折り重なっているので、海岸の岩が不思議な形をしているらしい。


付加体は、7000万~2000万年前の時代。紀伊半島が「深い海の時代」。その時の地層はプレートで押し合いへし合いされているので湾曲している。


前弧海盆堆積体は、1800万~1500万年前。紀伊半島が「浅い海の時代」。千畳敷(白浜町)はこの時代の地層。


火成岩体は1500万年前~1400万年前。激しい火山活動の時代。熊野カルデラという巨大なマグマが冷えて固まった、

神倉神社の御神体、ゴトビキ岩もこの時期だし、那智の滝の「一枚岩」も、この時期の火山活動で固まった硬い花崗岩(一枚岩)が残り、軟らかい「熊野層群(堆積岩)」が削られて、落差133mの1段の滝として残った。



南紀熊野ジオパークで地質学的な地球の歴史として地形を見ていくと、その地球の歴史の厚みに、熊野の信仰が重なっているんだろうと、思う。





途中で串本町の橋杭岩を見る。


垂直に立つ岩は、奄美大島で「立神(たちがみ)」と呼ばれる巨岩を思い起こさせる。奄美大島の「立神(たちがみ)」は結界のように島を守っているらしいので、橋杭岩も結界のような趣すら感じさせる。




1500万年前~1400万年前の激しい火山活動のマグマ(火成岩)が、その後侵食されて硬い部分だけが残ったものらしい。

弘法大師(空海)が天の邪鬼と賭けをして、一晩で橋を架けようとしたが、鶏の鳴き真似に騙されて途中で諦めたという伝説も残ってて、岩が放つ特殊な磁場が人間のイマジネーションを活性化させる。



橋杭岩の横にある「尾崎の干物」はとんでもなく美味しい干物。近所にあったら毎日通いたいと思えるおいしさ。





湯治旅では、1日3回の異なる温泉に入りながら和歌山を一筆書きのように一周する移動する湯治旅でもある。


朝は椿温泉。昼は那智勝浦町の「きよもん湯」へ。


「きよもん湯」は1500年の歴史を持つ熊野の湯垢離場として知られる名湯。泉質は高アルカリ(pH9.8)の単純温泉で、源泉掛け流し!と、何度も何度も書かれている。源泉掛け流しの愛と情熱を強く受けとる。


ぬめり感がありつつ、少し硫黄の臭いがする透明な温泉。源泉かけ流し(源泉温度約41.3度)で、温度もちょうどよく、そして、泉質では語りえないエネルギーが強く、入った後はしばし昼寝休養。


なかなか行けない場だからこそ、この泉質の高いレベルは行く価値があった。



湯量200L/分は1日に200人をかけ流しのみで清潔に衛生的に使える湯量。だからこそ湯船もこじんまりとしていて、かけ流しするための愛と情熱を感じるのでした。シャワーの湯も温泉。



1500年前に自然湧出する湯を、かけ流しで使い続ける姿勢は、無駄なく地球の恵みを受け取る姿勢そのもの。

その温泉愛を、一行はしっかり受け取りました。



「きよもん湯」は、かつてこの地にあった温泉旅館「喜代門屋(きよもんや)」の名に由来しているらしく、昔は湯の峰の薬師に倣って「湯胸(ゆのむね)」とも呼ばれていたそうです。

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きよもん湯

アルカリ性単純温泉

那智勝浦町湯川1062




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