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二荒(ニコウ)と日光(ニコウ)

  • 4 日前
  • 読了時間: 2分

江戸、東京を守るエネルギー源(源泉)としての日光。


日光の語源は、二荒山神社の方にあって、「二荒(ニコウ)」が「日光(ニコウ)」へと名を変えた。

その背景には、荒ぶるエネルギーを陽の光(火・陽)で調和させて国家を安定させる。という、陰陽を反転させる意図があったのかもしれない。





誰にとっても、自分の中にある隠れた部分(影、陰)と向き合うことで五行のバランスを整えることが大事だ。

二荒山神社はそのための「気づき」を得る場所の一つとされる。


伊勢神宮を「陽」や「表」とするならば、日光(二荒山)は「陰」や「裏」。表の繁栄を支える土台であるという構造とも言える。




日光二荒山神社(男体山)。


男体山はかつての火山で、その荒ぶる魂は「火」を象徴する。「火」のエネルギー。

停滞した気を爆発させて動かし、物事を動かす原動力を与える。「火」の力。


男体山の麓に広がる中禅寺湖は、巨大な「水」の貯蔵庫。

強すぎる「火(山の怒り)」を「水」が鎮め、安定した霊力へと変える。

「冷静な判断力」や「心の浄化」をもたらすのは水の働き。「水」の力。


火と水(カミ)のバランスが整うことで、豊かな「木(成長・発展)」が生まれる。


東照宮の豪華な装飾は「金」の象徴。


自然界の荒々しいエネルギー(木火水)を、人間のルールや秩序(金)でパッケージ化し、江戸の街へ送り出す「形」を作る。


宇都宮二荒山神社を含めた「土地」の力(土)で、すべてのエネルギーを受け止め、人々の生活に根付かせる「土台」となる。

木火土金水のエレメントの循環。


久しぶりに訪れた日光二荒山神社は、かみさまのテーマパークみたいになっていて、それはそれとして面白かった。





自然界を循環的な視点で見ていくと、陽と陰とがそれぞれ助け合い、補い合いながら、いのちのリレーのようにしながら、それぞれの役割を果たしていると分かる。


祖先たちが自然界の力を読み解き、形に変換して、場や聖地として残っている。

そうした場を人が訪れることで天地人のエネルギーが相互に絡み合いながら連動する。人間は損得やエゴから離れて、「祈り」という無償の行為で土地と時代をつなぐことで、地球や日本という生命体にも命が宿るような気がする。



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