一本の柿の木が、未来の食卓を育てる
甘柿を収穫した。
枝から手に受け取るとずっしり重い。ひと口かじると、秋の光が甘さになったようだった。
「柿が赤くなると医者が青くなる」
昔の人は、柿の実る季節をこんな言葉で表した。栄養の乏しかった時代、身近な木から得られる果実がどれほど身体を支えていたことだろう。医者の出番が減るほど暮らしが豊かになるのは、うれしいことだ。

柿はビタミンCが豊富で、カロテノイドや食物繊維も含まれる。ビタミンCはコラーゲンの合成に必要で、食物繊維は腸の働きを支える。果実の甘さはエネルギー源にもなる。
ところで、軽井沢では甘柿は採れないのだろうか。ちょっとお隣の上田に甘柿を取りに行ったから。
「渋柿しか育たない」と言い切ることはできないが、冷涼な高原では、甘柿の渋が自然に抜ける暖かさが不足しやすいから渋みが残るようだ。
そもそも、甘柿と渋柿の違いは、砂糖の量だけでは説明できない。
渋みのもとは、唾液のたんぱく質と結びつく水溶性のタンニン。甘柿にもタンニンはあるが、育つ過程で水に溶けにくくなり渋く感じなくなる。渋柿は食べ頃になっても水溶性のタンニンが残る。甘さがあっても、渋みに隠されているのだ。
そこで、人の知恵が加わる。
渋柿を干したり、焼酎などで渋抜きしたりすると、もともとあった甘さが顔を出す。アルコールによる脱渋では、果実内に生じるアセトアルデヒドがタンニンを不溶化する。「渋を抜く」とは、渋みを外へ捨てることとは限らない。感じ方が変わるように、成分の状態を変えている。台所に伝わる知恵には、見事な野生の化学がある。
干し柿にすれば、秋の実りを冬へ持ち越せる。水分が減って甘さが凝縮し、白く浮いた粉は主に糖の結晶になる。砂糖が貴重だった頃には、どれほどありがたい甘味だっただろう。
家のそばに柿を植えることは、未来の食べものを育てておくことでもある。実るまでには年月がかかるが、育った木は毎年の暮らしを支えてくれる。飢えに備えるという意味でも、庭の一本は、生きた蓄えになり得る。
こうした植物を「有用植物」と呼ぶ。人は、食べられる部分を見つけるだけでなく、季節を越えて使う方法まで育んできた。
柿の葉はお茶にになるし、葉で寿司を包む文化もある。
柿の葉茶もビタミンCやポリフェノールが含まれているし、成分量は葉の加工や淹れ方によって変わるが、実を食べるだけでなく、葉まで一杯のお茶にして楽しむところに植物と長く付き合ってきた人の知恵を感じる。秋の収穫を喜びながら、葉にも目が向くと一本の木がいっそう豊かに見えてくる。

未熟な実からつくる柿渋は、和傘の紙の防水や木材の保護に使われてきた。ヘタさえ「柿蒂(してい)」という生薬になり、しゃっくりを治療する漢方処方などに用いられる。一本の木が、食卓から道具の手入れまで暮らしに関わっている。
おばあさんたちの知恵は、効能の一覧だけではなかったのだと思う。実りすぎたら干して残し、食べ頃を見極め、近所と分け合う。植物の時間に合わせて暮らすことで、無理なく命をつないできた。
一方、貝原益軒の『養生訓』には、柿の食べすぎを戒める記述もある。身体によいものもほどほどに。「柿が赤くなると医者が青くなる」と喜ぶ一方で、貝原益軒は『養生訓』で、便通について述べる中に柿への注意も記している。養生とは、こうして自分の身体と暮らしの間に、ほどよい関係を育てることなのかもしれない。
収穫した甘柿を眺めていると、この木を植えた人のことを思う。
自分が食べるためだったかもしれない。まだ見ぬ誰かの秋もそこに含まれていたかもしれない。
木を植えるとは、未来の食卓に、そっと手を伸ばすことなのだろう。
そう考えると、木を植える、というのは本当に尊い仕事だ。





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