top of page

『いのちノオト』「第2部 第3回 未来は、まだ生まれていない」(集英社学芸の森)

9月27日
読了時間: 2分

集英社での『いのちノオト』という連載。

9回目となる「第2部 第3回 未来は、まだ生まれていない」

がUpされていますので、ご興味あればどうぞLink先からお読みください。



ここまで色々と文体と内容の変遷があるのですが、そうなってしまった深い理由がありまして、今後の連載で明らかにしながら連載を回収していこうと思っています。



===========

(抜粋)

近ごろ、AIについて語られることが多くなった。便利になるし、仕事は変わり、暮らしも変わる。それはきっと、その通りなのだろう。人類はこれまでも、道具をつくり、そのたびに生き方を少しずつ変えてきた。火を手に入れ、文字を発明した。印刷も、電気も、インターネットも、新しい技術はいつも人間の生活を時間を大きく書き換えてきた。AIも、その長い歴史の延長にあるのだと思う。


 けれど、技術が進むほど、不思議なことがある。人は、技術では満たされないものを、かえって強く求めるようになる。便利になればなるほど、誰かとゆっくり話をしたくなる。画面を見る時間が増えるほど、風の匂いを思い出したくなる。多くの答えが瞬時に示されるようになるほど、一緒に問いを抱えてくれる人が恋しくなる。


 沈黙には、不思議な力がある。言葉にならない時間を、ともに過ごせる人がいるだけで、人は安心するのだ。音楽、絵画、舞台芸術、工芸……あらゆる文化や芸術もそうだろう。それらは、正しい答えを与えるために存在しているのではない。誰かの心の中に、まだ名前のない感情を見つけるためにある。芸術は、人間を説明しないが、人間という存在を思い出させてくれる。


 身体もまた、そうだ。山を歩き、土に触れ、温泉に身を沈める。湯気の向こうで、ぼんやりと空を眺めていると、自分という輪郭が少しほどけていく。身体は、世界と切り離されたものではない。風を受け、水に温められ、木々の香りを吸い込みながら、生きものとしての記憶を静かに思い出していく。


 AIは、人類に多くのことを教えてくれるだろう。けれど、人が誰かを愛する理由や、美しい夕焼けを見て涙がこぼれる理由までは、きっと説明しきれない。説明できないものは、価値がないのではない。説明できないからこそ、人間はそこへ何度でも立ち返るのだと思う。

===========

コメント


© All right reserved TOSHIRO INABA

bottom of page