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Day4 final 熊野古道(中辺路)熊野本宮大社

  • 2月24日
  • 読了時間: 2分

和歌山湯トリートDay4の最終日は、熊野古道を歩く。

とは言っても、発心門王子から熊野本宮大社(中辺路)という2-3時間の距離だけ、ですが、歩くことで湯(斎)・湯庭(斎場)の有難さも効果もわかり、時代を超えて同じ風景を見た人たちの気持ちとシンクロもするから。


私自身も、学生時代にハードな山岳部生活を送っていて、その時に疲れを回復させるのは、すべて温泉地であり湯治場だった。その時から、人間の自然治癒力というものに関心がうつり、今は温泉・ミネラル・酵素の三位一体モデルが自然治癒力を生み出すのではないか、という仮説を持つにいたる。この辺りはいづれ本にまとめたいが、そこまでの力量と資格があるかどうか分からない。


「山のメディスン」という本にも書いたが、自然の中を歩くことは、頭優位の思考から離脱して、全身で感じ考える身体モードにシフトする作業なのだろうとも思う。


そうした意味でも、熊野古道は全身から毛穴からも、色々なものを感じる場所。それは今この瞬間に分からなくても、何年、何十年の期間をかけて発酵・熟成されて顕在化してくるもの。






熊野古道を歩いていると、突然に視野が開ける場所に出ることがある。そこには人が住む集落があり、生活の息吹がある。道端には自由な無人商店が開かれている。



ドイツ人の方で熊野古道から熊野に惹かれ、道沿いに移住してヤギを飼っている方ともよもやま話をした。





「道」には人が歩いただけの踏みしめられた記憶が宿り、そこには人間の悲哀や慈悲も踏み込まれているところに、時の厚みを感じる。






熊野大社に全員脱落者もなく無事に到着し、熊野本宮大社にお参り。



元々のご本殿があった、おおゆのはら(大斎場、大湯野原)にもお参り。ここは川のエネルギーが離散集合するエネルギーの結集点。




熊野大社では八咫烏がシンボル。

カラスを不吉なものと見る文化もあるが、どの次元を見るかで視野は変化するもの。

烏(カラス)は方角を知るため未知の地へ行く道案内となり、遠隔地へ送る死者の役目をすると考えられている。神武天皇が熊野の森に迷ったときも、八咫烏が道を導いた。


つまり、このことは私たちが動物の知恵に耳を傾けることができるかどうか、ということを問うている、ともいえる。


動物も植物も鉱物も、人智を超えた自然界の叡智を体現した存在でもあり、その声に耳を傾けることができれば、人間は広い視野を取り戻すことができる。




「神を父 仏を母に いただきて

 熊野より興さむ 出発(たびだち)の時」



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