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イキウメ『獣の柱』@シアタートラム

イキウメ『獣の柱』@シアタートラム、見てきた。 すごかったーー!! 2㎜くらいの針穴に剛速球を投げて、ぴったりど真ん中を通過していくような演劇。ここしかない、という場所に向けて。

日常の周りにはいろんな「非日常」が囲んでいる。そもそも、地球の周囲には「宇宙」という不可解な非日常が包んでいるわけで。日常のすぐ隣にある非日常の世界にいつのまにか浸食されていく怖さ、ものすごい精度で描かれていた。

落ちてきた隕石の何が人々を惹きつけているのか?

その描写が丁寧になされ、そのおかげで観客は事件を共有する同志となり、徐々に舞台と観客の垣根が取り払われていく。後半は、今まで起きた不可解な点と点とが、複雑精緻なプロットと、役者さんのおそるべき演技力とが加速させ増幅させて連鎖反応を起こし続けていく。

鳥肌たったなー。 前川さんの脚本は、すごい。村上春樹さんレベルなんじゃないかなぁ。

春樹さんは小説でしか描けない通路を、前川さんは演劇でしか通れない通路を作り出している。観劇後に前川さんを見かけて、おもわず抱きついてしまったほど感動した(すみませんきもくて)。

 

そもそも、演劇の設定が面白い。

宇宙から落ちてきた隕石、見つめていると圧倒的な幸福感に包まれてしまい、時間も忘れ記憶すら失ってしまうほど、至福の境地になる。 人によっては、あまりの至福に、食事も排便も忘れてしまい、そのまま餓死してしまうほどだ。この場合、ほんとうの幸福って何なのだろう? 幸福を一度も経験せずに死ぬのが幸福なのか、幸福に包まれながら死ぬのが幸福なのか。

それは哲学的な問いで、安楽死や尊厳死の問題ともつながっている気がする。人間の尊厳、幸福な人生とは何なのか。

心を奪われてしまうほどの幸福や至福。 幸福の隕石を巡る出来事は、日本中・世界中の出来事へと発展していくが、その中で個人はどう受け止めて立ち回るのか。わたしたちはどう生きるのか。

極限状態での対応を、見ている側も思考し、悩み、もがきながら、演劇のドラマの深海へと引きずり込まれ、グイグイと最後まで連れて行かれた。まるで、幸福の隕石のように時を忘れて・・・・。

 

フロイトの「快感原則の彼岸」という論文の中に、儀式と遊びの誕生の話が書いてある。 赤ちゃん(フロイトの孫)の母親が外に出ていなくなる。

赤ん坊の立場からは、母がいない状況はきわめて危険な状態だ。だから赤ん坊は泣きわめく。 その中で、糸繰りを遠くに投げて「いない」と言って悲しがり、糸繰りを手間に引き寄せて「いる」と言って安心する、こういう遊びを赤ん坊が自然に繰り返し始めたことをフロイトは目撃する。 母親が「いない」状況は避けたい状況のはずなのに、なぜこの赤ん坊は苦しくつらい状況を再現するのだろうか?と問いを持った。

「快感」を指標にわたしたちは生きているはずなのに(「快感原則」がフロイトの仮説だった)、なぜこの赤ん坊は「母の不在」という「苦しみ」でしかない状況を再現した遊びをするのだろう、と。

おそらく、これは遊びや儀式の誕生の話なのだ。 こうした遊びは「困難を乗り越えるため」の儀式ではないだろうか。

母の不在を含めて、わたしたちは予想を超える辛く困難な状況がいつでも訪れうる。

そうした時でも、困難を乗り越え生きぬくために「遊び」や「儀式」を発明し、予行演習をするようにまだ見ぬ困難を乗り越えようとしているのではないだろうか。

『獣の柱』を見たときに、このことを強く思い出した。

「快楽」や「幸福」を求めて生きているわたしたちも、24時間365日「幸福」で生きているわけではない。脳の世界だけでその世界を求めてしまうと、ドラッグなどの非合法の手段で「幸福感」を作り出し、脳が中毒となることで心身は脳に完全に支配され乗っ取られる。トロイの木馬のように。心身と脳とが完全に分離され、一つの人格が解離して元に戻らなくなる。

苦難をゼロにして幸福の中毒になるのではなく、苦難がやってきても現実を見据え、そこに小さな花を発見するように小さな幸福や喜びを発見しながら、苦難を乗り越えていく力のほうが大切なのではないだろうか。 それが遊びや儀式の誕生とも密接に関係があり、現代の演劇もその系譜にあるのかもしれない。

そうした意味で、自分は医療と芸術とが深いところで響きあっているのではないかな、と思う。

〇蜷川幸雄(演出)『海辺のカフカ』@赤坂ACTシアター(→感想 〇藤田貴大(マームとジプシー)(演出)『CITY』@彩の国さいたま芸術劇場(→感想 〇前川知大(イキウメ)(演出)『獣の柱』@シアタートラム と、質の高く面白い演劇を3連続で見て、上のようなことがストンと腑に落ちた。

 

イキウメ『獣の柱』、とにかくすごい。 日常と非日常の往復運動をしながら、観客を大きく包み込み巨大な母船のように一体として進行していく。精緻で物語性があり、見事としか言いようがない演劇世界。

幸福とは何か、わたしたちは何のために生きるのか。 大いに悩み、考え、演劇空間と一体となって哲学してください。 ぜひぜひぜひぜひ!見に行ってほしい!

当日券も出るようですし、あきらめずに見に行ってください!!

東京では6/9日曜まで、大阪も6/15、6/16でやっていますよーー!!

イキウメでおなじみの役者さんが超絶に演技がうまいのはもちろん。 松岡依都美さんと市川しんぺーさんペア。 薬丸翔さんと東野絢香さんの演技と存在感も半端なく素晴らしくて驚きっぱなし!!!

それにしても、前川知大さんのバランス感覚、天才だわー。曲芸であり名人芸!!

========= イキウメ『獣の柱』 [作・演出] 前川知大 [出演] 浜田信也 安井順平 盛 隆二 森下 創 大窪人衛 / 村川絵梨 松岡依都美 薬丸 翔 東野絢香 市川しんぺー [東京公演] 5月14日(火)- 6月9日(日) シアタートラム [大阪公演] 6月15日(土)、16日(日) サンケイホールブリーゼ http://ikiume.jp/kouengaiyou.html

あらゆる都市に降り注いだ巨大な柱。 柱は人々にあきれるほどの祝福を与え、静寂のうちに支配した。世界は大きく変わった_。

ある日、アマチュア天文家の二階堂は、小さな隕石を拾います。 その隕石は、見る者に恐ろしいほどの幸福感をもたらしました。 夢中にし、思考を奪い、自分で目をそらすことはできません。 一人で見たら最後、死んでしまうまで見続けることになるのです。 そして、隕石が落ちた後、空からは巨大な柱が降り注ぎました。 それは人々にあきれるほどの祝福を与え、静寂のうちに人々を支配しました。 柱は人間に何を課し、何から解放したのか_。

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