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自分のルーツ

May 6, 2019

GWは熊本に久しぶりに帰郷。ブログを書く暇もなく移動していた。


東京を発つ日。

空から見る夜の都市は、人工都市の陰画を見ているように、人間の非存在としての自然の存在を感じる。


光があるところに人が住み、光がないところには山や川や動物や自然の神々が住んでいる。

 

人類が長い時間をかけて作り上げた人工都市も、ひとつひとつの光を誰かが灯したのだと思うと、光の数だけドラマがあるのだなぁ、と、しばし空想してしまう。

 

 

 

 


5月になり、めっきりあたたかくなった。

東京であろうと熊本であろうと、暖かくなると人間の体も思わずゆるんでくるように、植物も生き物たちもゆるやかにやわらかく、伸び伸びとして喜んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


チョウチョやハチが植物の受粉をしている。

植物の性の営みがこんなにも雄大で伸びやかであることを人間も深く学ぶべき必要があると思う。

性教育は、結局生命の教育と同じだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実家は本妙寺という参道にある。


小学生までは体が弱く、体育はすべて休んだ。
中学から部活に入り、毎日本妙寺の境内を走り抜け、金峰山という山まで登り、お寺と山とを毎日毎日走った。
三年間走り続けたら、異常に体力がつき、大学ではハードな登山に手を出すほど体力がついた。

 

自分は、この本妙寺や金峰山から、何かを受け取ったのではないか?と思っていた。

 

だから、高校の時、このお寺の歴史を調べた。
このお寺は加藤清正公を祀っているところでもあるが、差別され迫害を受けていたライ病(ハンセン氏病)のひとたちがかくまわれていたところ。

 

どこにも行き場がなかった人たちは、寺の境内や、時には寺の軒下に住んでいた。寺は聖域となり、差別をしたい人、迫害をしたい人すらも、近寄ることができなかった。

 

この一帯には、そうした差別を受けた人たちの悲しみと、その人たちを守ろうとした母性的な人類愛とが入り混じっている。

 

 

ふと歩いているだけではそんなことは感じられない。
ただ、歴史の重みや厚み、そうした上に自分が立っていることに敬意を持てば、わたしたちの暮らしのあらゆる場所に、厚い歴史が地層として重なっていることに気づくことができる。


生きているものとして、歴史を受け取ろうと思えば、死者から何かを手渡されることになる。

自分は、そうして医者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本妙寺の境内を回る。

 

医師でもある祖父から「この境内の下にはライ病の人たちがかくまれていたとばい。自分が子供のころ身寄りのない色んな人がまだここに住んどったばい。」と聞かされた記憶がある。
医師である父からも、同じ話を聞いた。

 

1歳の子供も、自分と父との会話をうっすらと聞いているだけで、きっと時の厚みを受け取っているのだろう。

 

 

歴史を受け取るか、受け取らないかは自由に選択できる。

 

自分は、歴史を受け取ることを選択した。
それは命を受け取ることと同じ。

 

歴史を受け取ったとして、かなしみをどうやって未来の種にするのか。

それは医療のテーマでもあり、芸術のテーマでもある。

 

かなしみの秘儀こそが、日本文化の深い深い地下水となり水源になっていると、自分は思う。
幸せは、悲しみの上に立ってこそ、深みが生まれるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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