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『白井晟一の「原爆堂」展 新たな対話にむけて』@Gallery5610

May 23, 2018

『白井晟一の「原爆堂」展 新たな対話にむけて』
6月5日から6月30日まで青山にあるGallery5610(港区南青山5-6-10 5610番館)で開催されます。

 

 

伝説的な建築家、白井晟一さん(1905年-1983年、享年78歳)の「原爆堂」、ご存じでしょうか??

 

白井晟一(せいいち)さんは、ベルリン大学の哲学科に入学し、ヤスパースらに直接哲学を学んでいます。帰国後の日本では建築を手掛けるようになります。戦後、モダニズム建築が全盛の中で、哲学的と称される独自の建築を作り続けるのです。

哲学を建築として可視化し、建築行為により哲学するように。

 

白井晟一は、1952年の岡本太郎「縄文土器論」の影響を受け、1956年には『縄文的なるものー江川氏旧韮山館について』として、古代縄文と現代建築の哲学と実践に思考を深めています。岡本太郎と共鳴している点に親近感が。

 

 

「原爆堂」(「TEMPLE ATOMIC CATASTROPHES」)は、1954年、核実験の犠牲となった第五福竜丸事件があったとき、建築家として人類の業と徹底的に向き合った中で計画されたもの。
建築の分野からでは原爆堂が唯一の発信され表現されたものだったとのこと。

 

 

白井晟一による原爆堂は、人類の新たな対話に向けて、「共存」への願いを表したものでした。ただ、実際には建築物はできず、そのアイディアだけが地下に眠っています。

 

 


『白井晟一の「原爆堂」展 新たな対話にむけて』(6月5日-6月30日)Gallery5610(港区南青山5-6-10 5610番館)の一環として、

 

6月24日(日曜)14:00~16:00、五十嵐太郎さん(建築史・建築批評家、東北大学大学院教授)と対談

せていただきます。

 

五十嵐さんは建築史の専門家の方ですので、自分は科学史の話を軸として(なぜ人類は核を持つに至ったのか、これは科学史を知らないと底流がわかりません)、いのちの観点から、過去と未来をつなぐ話をしたいと思います。

HPからお申込できます。

 

お時間あれば展示の方もぜひいらしてください。

 

3.11以降の私たちに、いまだに問いかけ続ける核と人類の共存。
立ち止まって、真面目に、それでいて深刻にならず、希望を持って対話していきたいと思っています。

未来の人たちへ、ちゃんとバトンを渡すためにも。

 

 

 

 

 

 


白井晟一の「原爆堂」展 新たな対話にむけて HP
http://genbakudo-project.com/

 

■トークイベント 6月24日(日)14:00~16:00
【ゲスト】五十嵐太郎氏(建築史・建築批評家)
稲葉俊郎氏(東大附属病院医師)
定員:30名 参加費:1500円

 

■白井晟一の「原爆堂」展 新たな対話にむけて
2018年6月5日(火)〜6月30日(土) 11:00AM〜6:00PM
会期中無休/最終日4PMまで

Gallery5610(港区南青山5-6-10 5610番館)

 

●白井晟一(しらい せいいち)

1905年京都生まれ。京都高等工芸学校卒業後、ハイデルベルク及びフンボルト大学でヤスパース等に指示。帰国後は建築家として「秋ノ宮村役場」「浅草善照寺」「ノアビル」「新和銀行」「虚白庵」「松濤美術館」そして「原爆堂計画」などを設計。高村光太郎賞、建築年間賞、建築学会賞、毎日芸術賞、芸術院賞、サインデザイン賞を受賞。装幀家・書家としても実績を残し、また、エッセイ集『無窓』(1979 筑摩書房、2011 晶文社)がある。1983年死去。享年78歳。没後1988年に白井晟一全集(同朋舎)が発行されている。2010 – 11年に展覧会「建築家 白井晟一 精神と空間」(群馬県立近代美術館、パナソニック汐留ミュージアム、京都工芸繊維大学)。

 

(写真は、白井晟一『精神と空間』 青幻舎(2010年)の本から。すごい建築ばかり)

 

 

 

 

 

 

 

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