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バトン

March 14, 2018

すべてのものには表と裏があり、表と裏は一つのもの。
生と死もそういうもの。
生と死、表と裏、裏と表をつなぐには、死と生の接点を失わず、つなげること。

 


自分は2011.3.11以降、医療行為を含めて色々な事情があり、毎週末のように東北を歩いた。
東北や福島を歩く行為が、そのまま祈りの行為でもあった。
祈りの正式な方法を自分は知らないが、その土地を歩くことで、そうした思いが浮かんでは消えた。

 

 


土地に行くと、亡くなった方々の思いを感じた。
それは必ずしも重いものではなかった。
怒りやかなしみ、ではなかった。


死を無駄にしないでほしい、
忘れないでほしい、
よりよい未来をつくってほしい、
あなたたちにバトンを渡す、
というような。


それは重要なメタファーを含んでいた。
適切に読み解かれるのを待っているように、感じた。

 


ふとした時にそれを思い出した。
自分はどんな人の死も無駄にしない。
3.11だけではなく。


自死したすべての人の思いも、一人残らず漏らさず受け取りたい。それを次につなげたい。自死する人は感受性の高い人。それは本来は人類の宝だ。そういう方を失ったのは大きな損失だ。
そこから何かを感じ取り、受け取らないといけない。
いのちをかけて投げかけたメッセージを。


声がか細く弱いときこそ、そこには強いメッセージが込められている。
喪に服する時間というものが必要だ。
そういうときくらいは、心を静かにする。

 


死者は常に生者の味方をしている。
だからこそ、生者も常に死者の味方するものだ。


3.11を思って、思い出すかのように心の湖面に浮かんできた。

 

 

 

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