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演劇「散歩する侵略者」

November 11, 2017

前川さん率いるイキウメの「散歩する侵略者」、あいかわらず度肝を抜かれる凄さだった!!

 

 

 

 

そもそも、脚本のコンセプトがすばらしい。
というか。
まさに、この「コンセプト(概念)」自体がテーマなのだ。

 

「概念」、僕らの無意識の中にある何か。
わたしたちは言葉をあてて輪郭線を与えることで「概念」をかろうじて理解できるが、言葉と「概念」そのものとは別物だ。理解しイメージするための補助線としてわたしたちは言葉を便宜的に使用している。

 

「概念」はきわめて抽象的なもの。
愛、勇気、恐怖、所有、平和、、、、

あらゆる何かしらの「概念」共有するためには、言葉が必要になるが、おそらく頭の中に浮かんでいるものは、全員が違うはずだ。全員違うはずだが、何か漠然と共通するものもある。だからこそ言葉によるコミュニケーションはかろうじて成立している。

 

 


たとえば、わたしたちの心の中から、「所有」という「概念」がすっぽり抜けてしまったらどうなるだろう。
おそらく、それは将棋崩しのように様々な連鎖反応を起こして、いろいろなものが理解できなくなる。おそらく、そういう風にあらゆる「概念」は自分の無意識の中で巨大な伽藍を作って、互いに支えあって成立しているのだ。


そして、深い層に行けば行くほど、ある種の「概念」を喪失したり損なわれたりすると、わたしたちの生命そのものや存在そのもの、根幹をゆるがすものになる。

 

 


自分はちょうど単著を書いている。アノニマスタジオから年末に出る!(はず)
イキウメの芝居を見に行く直前に脱稿した。


書いていて自分も何を言いたいのか、わからなくなって森に迷うことがある。
ただ、結局自分が言いたいのは、
「愛と命の刻印を思い出すこと、呼び起こすこと」
なんだろうと、イキウメの芝居を観ていて気付いたのだ。
しかも、それはこの「散歩する侵略者」でも同じテーマが内在しているのではないか、と。

 


自分ですら意識できない深い場所から何かを引きずり出して引っ張り出してくるとき、いろんな層を抜け出して表に出てくる。目に見える表現としては個性に応じて全く違うものとして見える。

 

けれど。

根っこは同じで、土壌は同じで、その同じ土壌を共有する違う果実なだけではないかと、勝手に感じてしまった。同じ土地から生まれてきているもの。それくらい、シンクロ率が高く、驚いた。

 

 

わたしたちは、愛や命の存在を忘れてしまいやすい。
その言葉には手あかがついていて、そうした言葉が出てくるだけで、ああ・またか、そんなのわかってるよ、と、むしろうんざりした気持ちになる。


言葉の響きだけでは実感を伴って感じられないことも多くある。あまりに深い場所にあって存在を支えるものだから、そう簡単に言葉で輪郭を与えること自体が難しいのだ。むしろ、言葉の手あかのほうが気になり、拒否反応を起こすことすらある。

 


だからこそ、芝居やLiveのように2時間近くの時間を含んだ体験を経て、それが儀式的に身体を揺さぶり、身体に小さい風穴をあけ、その風穴から深い深いものがあふれ出てくる。

そこには時間が必要で、いろいろな仕掛けが必要なのだろう。

魂はむき出しだと、ひりひりと痛むから、厚く覆われ、深く隠されているから。

 


イキウメの舞台には、根源的なおそれに触れるものもあり、笑いもあり、哲学もあり、言葉で表現するのが難しいほど、すばらしい、としか言いようがない。

 


前川さんの深い哲学を、役者さんたちの素晴らしい熱演が媒介となり、観客に届けられる。

どの役者さんも、ひとり欠けても成立しえないような絶妙な配役と絶妙なバランス。

演技の質が素晴らしく、そのこともイキウメの舞台を強くしなやかなものにしている。

 


「概念」をテーマにするのはきわめて抽象的で難しい。言葉の遥か彼方にあるものだから。


だからこそ、演じている役者さんたちも、毎日演じている中で、どんどん変化し続けたのではないだろうか。自分の中を堀り進めて、鉱脈を少しずつ掘り当てるように。

 

 

 


あまりにも深い体験をした。


2日連続でほぼ徹夜という厳しい勤務状況の上で見に行ったが、見た後は温泉に入ったように全身が熱っぽくなり、泥のようにこの世界に溶け込んで眠りたいほどだった。

いっとき、自分の中から言葉が出てこなかった。

体験にフィットする言葉がどこにも見当たらない。

言葉を生む母胎となる深い意識の層へ、いざなわれたのだろう。

 

 

 

 

こんなにも深い体験をできる芝居はなかなかない。
ぜひ、劇場で全身で体感してほしい。
芝居は本当にいいものです。
イキウメは、演劇を見たことがないどんな人にも強くお勧めできます。

 


未来の学校で、哲学の授業がこういうものになるといいなぁ!と、思いました。
というか。
そういうことをやらないといけないんでしょうね。僕らの世代で。そして、次の世代に手渡す。


学びとは、頭での知的な操作ではなく、体験そのものだから。
体験による理解は、こちらがつかみに行くというより、向こうからやってくるものを受け入れるようなものです。

 


魂を素手でひっかかれるような体験をします。
ヒリヒリしながら、それでいてホッコリするような体験。


当日券も出ているようなので是非是非!!!

 

 

 

 


イキウメ 散歩する侵略者

映画 散歩する侵略者
 

●(以前書いた、映画版の感想も。)

映画「散歩する侵略者」(September 4, 2017)

 

<補足>

→●イキウメ「天の敵」@東京芸術劇場シアターイースト(May 17, 2017)
→●Brutus No. 854 人間関係 573 写真/篠山紀信『衝撃の余韻』稲葉俊郎、前川知大
(September 1, 2017)

 

 

 

 

 

 

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