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論語 「楽(音楽)」と「礼」

March 4, 2017

自分は音楽が好きだ。

音楽を聴きながら生活していることが多い。

 

論語を読んでみると、音楽はひとをつなげる働きがあると書いてある。

確かに、どんな人とでも、音楽を聴くと新しい場がつくられ、その場にいる人は一体感を感じることができる。

 

ただ、それだけでは不十分だとも書いてある。

つながるだけでは不十分で、ひとりひとりが違うということも尊重するために「礼」も必要であると言っている。

人と人とはただつながればいい、というわけではなく、そこには「礼」が前提として必要なようだ。

親しき仲にも礼儀あり、という言葉がある。

 

ひとはそれぞれ同じ部分も共有しているが、同時にひとりひとりが違う存在だ。「同じ」であり「違う」という矛盾が同居する。
その知恵が「楽(音楽)」と「礼」に込められているのだろう。

 

たしかに、SNSやFacebookやLINEなど、インターネットは人とつながる技術を急速に普及させて、その恩恵に自分もあずかっている。ただ、やはりつながりには距離感も大事で、それは「礼」という技術の中に保持されている。

過剰結合の時代に悩んでいる時代からこそ、現代では「礼」こそが重要なのだろう。それは人間性や人格に関わることでもある。

 

 

 

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金谷治訳『論語』
「仁は楽に近く、義は礼に近し」
仁の性格は音楽に近く、義の性格は礼に近い。
つまり、仁は情を主とし、音楽は和を主とするからである。
また、義は裁判を主とし、礼は節度を主とするからである。
それゆえ、礼楽は教育のもとであると同時に、仁義に通じる人の道の根本である。

「楽は同を統(す)べ、礼は異を弁(わか)つ」
音楽は人びとを和同させ統一させる性質を持ち、礼は人びとの間のけじめと区別を明らかにする。
つまり、師弟の別、親子の別というように礼がいたるところで区別を付けるのに対して、音楽には身分、年齢、時空を超えて人をひとつにする力があるのだ。

 

 

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下見隆雄『礼記』

礼も楽も社会の中でほどよく用いられることが必要で、ほっておけば一にはなり難い。
人と人との情を一に和合すること、また、おのおのが個人の尊厳を保つための威儀を正す事が礼楽の重要な役割なのである。

 

 

これらの引用は、一条真也さんの「儀式論」から学んだこと。

600ページの大著だから頑張って読んでいる。

 

 

 

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