© All right reserved TOSHIRO INABA

『伝統芸能の力を思い知る集い ~能、狂言、浪曲~』(主催:安田登)

February 21, 2017

能楽師の安田登先生主催の
『伝統芸能の力を思い知る集い ~能、狂言、浪曲~』
を見てきました。
最高に面白かった!

伝統芸能の力をまざまざと思い知りました!!!!

→○イナンナの冥界下り 2017年01月24日 伝統芸能の力を思い知る集い

 

 

●浪曲:玉川奈々福、沢村豊子(曲師)
『甚五郎旅日記 掛川宿』

あいかわらず、奈々福さんの声はすごくて、
聞いてるこちらが数㎝浮き上がりそうなくらい、音の波動がすごいです。全身を音の波動が包みこんで、筋斗雲(きんとうん)(←『ドラゴンボール』(鳥山明)より)に乗っているような。


声を聞いていると、なぜだか涙が出てきました。声の音域があらゆる領域を覆っていて、何Hzかの周波数のポイントが生理的に肉体的に涙腺へスイッチが押されるのでしょうか。勝手に泣けてくるのです。それは、浪曲の歴史を奈々福さんと豊子師匠がすべて背負っているからこその影響なのか?! 

 

 

浪曲は笑いもありますが、もともとはハラリと涙ありの人情を語るもの。どんな境遇にあっても、人には情けがある。だから心配するな。人情があるから人は生きていけるんだ、と。
それは戦中や戦後の貧しい日本ではフィットするものでした。浪花節から浪曲へと進化して昭和初期の日本でも大ブーム。昭和20年代には、全国に3000人近くの浪曲師がいたらしい。
ただ、資本主義に浮かれた日本は、物質面を追求しすぎて心がおざなりになりました。人情節がうざったく感じてしまったでしょう。浪曲は下火になってしまいました。


ただ、
そこでへこたれない浪曲師たちは、稽古に稽古を重ね、技を磨き続けたのです。
それで今、こうして浪曲が再度脚光を浴び出しているんだと思います。


まさに、
そうした浪曲師の辛い浮き沈みの歴史こそが、浪曲師の血となり肉となり、浪曲という世界に歴史と深みと凄みを増してきたんだと思います。

 

浪曲を聞いたことのないみなさん!
まずは玉川奈々福さんを聞いてみてください!
体が数㎝浮きそうなくらい、声の音質と声量に悶絶してぶったまげますよ。そして、きっと好きになります。

 

 

●狂言:奥津健太郎、 奥津健一郎
『膏薬煉』

→いやー、面白かった。こんな面白い狂言ははじめて!というくらい分かりやすく、面白い。今まで見たことがないのが不思議なくらい、内容が面白い。


ジャンプも含めた激しい動きが多く、色んな点で面白いところ満載でした。

それでいて、語りが古式の狂言なので、抜群の安定感。語りの力はすごいです。

 


奥津さん親子での共演も、狂言ならではの世界。
まさに親から子へと、体全体で古典の命のバトンを受け渡している現在進行形の現場を目撃できるのです。こんな芸能、あるでしょうか。

 

 

●槻宅聡(能管)
『乱(猩々乱)』

→ちょうど自分は猩々の仕舞いを稽古しています。


槻宅さんの能管の解説はほんとうにわかりやすかった。

能管の音はコトバ。
だけど、オノマトペのように、意味がないコトバ。
オノマトペは、「ドカーン」「サラサラ」「ワンワン」。「ツンツン」「デレデレ」「ニヤニヤ」とかですね。
そうしたコトバを使って、舞台の上で能楽師と会話しているのが能管の役割。
場のリズムや、場の時間をつくっている。

 

 

能管は、あえてきれいな音がでない構造的な工夫をしている。
だからこそ、音の響きで、音響によって聞かせるスタイルをとっている。計算だけではできない、偶然性というスパイスが効いてくる。

 

槻宅さんの能管の音色を聞いていると、異世界に連れて行かれたように頭がフワフワしてきて、温泉に入っているような気になりました。

 

 

●能:安田登
『夢十夜』

→安田登先生は本当に天才中の天才です。
古典の造詣の広さと深さは誰の追随も許さず、その豊かな背景をもとに行われる能の仕舞いも謡いも次元が違います。

漱石は謡いもやっていましたので(当時の一般教養!)、『夢十夜』という作品はまさに謡曲にうってつけ。

 

能はあの世とこの世の境界で行う芸能で、
それはまさに寝ている時に毎日見ている夢の世界と同じ。

漱石の『夢十夜』は、文学として読むのはもちろん面白い。
近藤よう子さんの漫画でも読むのももちろん面白い。
さらにさらに、能のスタイルで全身で体感すると、輪をかけて面白い!!!

 

 

暗い中で見た『夢十夜』の能は、背筋も凍る雰囲気がありました。
が、
それでいて深い体験をしたことが身体感覚にずっしりと残る。
なんとも豊かな時間を過ごした。

 

 

舞台では、本当に時間が伸び縮みするのを感じます。
時間って言うのは、生きてるんですね。

これは、先日のカタルシツ演芸会「生きてる時間」(作・演出 イキウメの前川知大さん)と相通じるテーマ。
時間って、やはり謎だー。

 

 

ほんとうに楽しい時間でした。

 

 

奈々福さん、奥津さん、槻宅さん、安田登先生のゴールデングループは、みなさん本当に一度体感してほしい。

きっと、伝統芸能の力をまざまざと思い知ります!!!!


追伸)

写真は2月号の東京人。

380号(2017年 2月号) 特集:平成の浪曲時代がやってきた!)(→Amazon アマゾネスさんでも品切れ!?)


表紙は我らがスーパースターの奈々福さんです!!

これを読んでいると、
日本の『語り』の芸能の幅の広さと深さとに驚きます。
まさに多様性と調和。

蓄音機が出て、ラジオが出て、テレビが出た。
このことで、語りの芸能は表面上、大きな打撃を受けたことでしょう。
でも、
だからこそ本気の人たちが確実に残っていて、
そうした高い技術を持つ人たちの存在感は、実際に足を運んで体感して見ないと、ぜったいに分かりません。
体を運んで時間を使うからこそ、体の隅々に声や語りや人情や愛や悲しみや笑いが、染み込んでくるのです。

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload