食の歴史の一端を

子どもたちと、お米の脱穀やもみすりを人力で。

手作業から少し機械化されていき、手動が自動へと変遷する。

自動機械化される前の時代、農家の方々の大変さと偉大さが身に染みて感じられる。お米一粒一粒の重みを実感する。いのちのバトンを渡してくれた重み。こういうのは知識ではなくやはり体験だなあ、とも。

稲葉という苗字から、祖先は稲に携わっていたのでは、と、察する。

だからこそ、座右の銘は、実るほどこうべを垂れる稲穂かな、にしています。



幼稚園児の子どもも僕ら現代人の大人も同等の立場。

大人も、この地球や人類の歴史は何も知らない。共に人類史をたどり、未来を創造的に乗り越えたい。












脱穀の様子が、遠くから見るとアングラ演劇のように見えて、怪しくて素敵だった!