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96年前の記憶

往診にて。 99歳のおばあさんの誕生日。 鹿児島生まれ。頭もはっきりしていて、仏様のような存在感を出している人。 いつも鹿児島の話を聞く。 自分も熊本で、母方が鹿児島だから、近いものを感じる。

誕生日おめでとうございます。世界一素敵な99歳ですね。今年は99歳、来年は100歳ですね、 と、話す。

6年往診をしているが、はじめてのエピソードを聞いた。

「自分の母親は自分が3歳の時に死んだんだよね。 盲腸とかなんとか言ってたみたい。当時は手術なんてなかったから。 だからお母さんの記憶はないよ。お父さんが男手ひとつで育ててくれた。 でも、自分は成人してすぐに家を出たんだよね。 なぜかわからないけど飛び出したね。 ほんとうはお父さんには感謝してる。 たぶん負担をかけたくなくて、何も言わずひとり飛び出したんだろうね。 でも、そのことをちゃんとお父さんに伝えれなかった。いまでも後悔してるなぁ。

小倉、岡山、神戸、京都、、、色々なところを転々としたなぁ。 夜のお祭りでの縁日で、ゆで卵を食べたのがすごくおいしかったのをよく覚えている。

お母さんの記憶がまったくないかって? 実は、いま、思い出したんだよ。

自分の手が見える。 その手は湯呑(ゆのみ)のようなものを持とうとしている。 湯呑から湯気が出ている。 熱い湯呑。触れないくらい熱いんだけど、自分は必死に持とうとしている。

その湯呑を、床で寝ている人に渡そうとしている自分がいる。 いま思えば、その寝ている人がお母さんなんだよね。 でも、お母さんが生きているのか、もう死んでいるのか、よくわからない。

でも、その寝ているお母さんに、熱いお茶の湯呑を渡そうとしているのだけは分かる。 自分が渡そうとしているのか、周りからそうさせられているのかは、わからない。

熱い湯呑と、立ち昇る湯気。 自分の手と、床に寝ている女性。

この4つの記憶が強力にある。 でも、今まで思い出したことはなかった。

99歳のお祝いを先生にしてもらって、 突然この記憶がよみがえったよ。 不思議だね。ありがとうね。」

語りを聞きながら、自分にもその映像が明確に浮かび、その場にいるような気持ちになった。

すごく暑い日が続くから、 お互い、意識の紐がほどけて、意識が束となって時空を超えてつながったのかもしれない。

暑い日の出来事。

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